今を生きるということにためらいはない。


 過去にまた縛られることにためらいはある。


 自らをもう一度過去へと引き合わせたくはない


 過去は過去として割り切りたいから。




 もう…いらない。







かけがえのないあなたへ




第漆話 今を生きるものたち









 開かれた窓から柔らかな風が流れ込み、閉じられた空間に季節の匂いが立ち込める。
 サードインパクトにより皮肉にも季節を取り戻した世界は生命に溢れていた。
 飼育の難しかった花々も今は簡単なものとなり、その季節独特の花を咲かせる。
 それに伴い売られていた花も値段が下がり、手に入れやすい値段となっていた。
 人工的なものに終わりを告げ、本来あるべきものへと時代は流れている。
 硬い話はさておき、綾波レイは一人悩んでいた。
 窓際の席に腰掛け、ぼうっと外を眺めている。
 もしかしたらその瞳には外の景色さえ映っていないのかもしれない。
 頬杖をつき外を眺める光景は昔を知るものにとっては懐かしく、昔を知らないものにとっては新鮮さを与えていた。
 普通の少女がそれをやればたいして気にしないのだが、レイがするとなれば話は別。
 どこか神秘性を漂わせていた。
 外見は一般的な日本人となったが雰囲気まではそうかわらない。
 異国の神秘性から日本独特の神秘性へとなったくらいだろう。
 肩まで届く黒髪が風になびき、女性特有の甘い匂いが溶け込むように流れる。
 同姓からはため息が漏れ、異性はその光景から目が離せなかった。
 皆がレイの行動に見入る中、アスカだけは戸惑いを覚える。
 見るからに悩み事を抱えていることが分かるからだ。
 一緒に登校したときにそのことを確かめたが、
「なんでもない……」
「なんでもないって、なにかありそうだから聞いてるんじゃない」
「大丈夫だから…アスカ」
 こう言われてしまえばそれ以上踏み込むことは出来ない。
 意外な頑固さをもつ彼女は話そうとしないだろうから。
 この2年間で以前のような険悪な関係は解消され、親友と呼べるまでになった二人。
 だからこそお互いに分かるものもある。
 大概の悩みなどは打ち明けられる。
 唯一二人が避けるとすればそれはシンジの話題。
 その名前が出るたびに胸が苦しくなる思いとなる。
 今回のレイの悩みもそこに関係しいるのだろうとアスカは感じていた。
 こればかりは自分でも気持ちを持て余している以上、どうにも出来ない。
 悶々と悩む中、変わりなく時は流れ続ける。
 午前中の終わりを告げる合図が鳴り、一時の憩いの時間へと誘う。
 解決方法を与えられないアスカが出来ることは傍にいることだけ。
(ああ〜もう…うじうじしたってしょうがないわよね)
 鞄の中に仕舞ってある弁当を取り出し、思い悩む彼女のもとへ。
 気分転換くらいにはなるだろうと屋上に連れ出そうとしていた。
「レ…」

 ガタッ

 声をかけようとした瞬間、椅子を押しのけるようにして立ち上がるレイ。
 表情は普段見られないような驚きを見せていた。
 何事かと思い継いで声をかけようとしたが、それよりも早くレイが動き出した。
 目に映るもの全てを障害のように避け、風のように駆けて行く。
 呆然と見送る面々。
 訳の分からないアスカだったが、レイが外をずっと眺めていたことを思い出した。
 彼女を駆り立てるものがあるとすればそこのはずだ。
 覗き込むようにして窓から身を乗り出す。
 何もかわないいつもの風景に、思い過ごしかと諦めを感じたその時、今は珍しき人の姿が瞳に映った。
 靡く銀髪は風に流され、線の細い体は女性かとも見間違える。
 しかし、それは自分がよく知る人に他ならない。
「シンジ…」
 誰にも聞こえないほど小さく名を呟き、その身をひるがえす。
 まるでレイのように。
 残された生徒たちは訳が分からずただ首をかしげることしか出来なかった。






 真昼間の公道を実にマイペースで歩き続けるシンジ。
 急いでいるといった状況はまるで感じ取れない。
 早く帰るといった思いはもうなくしてしまっているようだった。
 鼻歌を歌いながら歩く様子は今は亡き親友を彷彿とさせる。
 外見が変わったということもその一端を担っているが。
 シンジの瞳に映るのはあまり変わらない町並み。
 所々は変化してるが大規模というほどではない。
 よくよく考えてみれば第三新東京市立第壱高等学校へ向かうのは初めてなのだ。
 町並みが大きく変わっていたらどうなったことだろう。
 間違いなく迷っていたはず。
 その場合は今のシンジにある裏技的な使徒の力を使えばいいだけだが。
 人目につくから好き好んで使うことはしていない。
 望んで得たわけでもないのだから。
(大丈夫かなぁ…?)
 それよりも今のシンジはレイたちに会ってしまう可能性のことを悩んでいた。
 和やかに進むならまだしも、感情的に何かを言ってしまうかもしれない。
 係わり合いにはなりたくなかった。
(なるようになるしかないか)
 場は臨機応変に対応するのみ。
 無視という方針を主として向かうことにする。
 あの二人の性格からいってそれは無駄だということは分かっていたが。
 あ〜だこ〜だと考えるうちにいつの間にか校門の所に到着する。
 定まらぬ心に見切りをつけ、ゆっくりと向かう場所へと足を踏み出した。






 学校という騒がしい空間。
 同年代の子供たちが集まり、皆楽しそうにしている。
 今のシンジにそれまぶしく、懐かしき光景として映る。
 かつて自分が中学生として学校へ赴いていたあの頃を。
 トウジやケンスケと他愛もない会話をして、それにアスカやヒカリが加わる。
 ごく当たり前のその光景が今のシンジには遠かった。
 どこにも定住することなく、長くいつかないため、親しい人などそうは出来ないのだから。
 私服のまま校内を歩くシンジは目立った。
 外見の特異さもそれに輪をかけているが。
 当の本人はそれをまったく気にせず目的の教室へと歩み続ける。
 来客用のスリッパをどこから拝借したのかいつの間にか履いていた。
 ぺたぺたと響く足音を止め、1-Aと表示された教室を確認するとドアから中を覗き込む。
 シンジの予想通り、中にはうなだれるユミがいた。
 となりで美味しそうに弁当を食べる友人を恨みがましく睨んでいる。
 睨むというにはあまりにも迫力がなさすぎているが。
 状況を巻き戻してみよう。
 ごそごそと何かを探すように鞄に手を入れ続けるユミ。
 あまりにもしつこいので友人のミカが気になり、様子を覗った。
「何してるのユミ?」
「……お弁当…」
 まるで滝の涙を流してしまいそうなほど悲しい表情を見せてくる。
 何を言いたいのかは簡単に推測できてしまった。
「もしかして忘れたの?」
「お弁当……」
 諦めきれないのかごそごそとまた鞄の中を探す。
 哀愁漂うという状態がぴったり似合っていた。
 ただ弁当を忘れただけなのにあまりにも痛ましく、声をかけるのをためらってしまう。
 が、そんな時は決まってもう一人の友人が気にせず声をかける。
「なぁんだ、忘れちゃったんだ〜」
 購買で買ったであろうパンを片手にまったく気にせずに声をかけるアキナ。
「もったいないなぁ…シンジさんの手作りなのに〜」
 その言葉に反応するかのようにユミは肩を震わせる。
 ギギッっと音がしそうな感じで首をアキナへと向けるとじと〜っと睨んだ。
「そんなにはっきりと言わなくても……」
「ああ〜もったいない…あんなに美味しいものを忘れてくるなんて」
 その言葉にはミカも納得する。
 普段自分たちがお金を払わないと食べれないようなものを、忘れてくるなんてと言う思いがあってのことだろう。
 これにはユミも言い返すことが出来ない。
 せっかく作ってくれたものを忘れるという申し訳なさが先立っていた。
「あうう〜お弁当…」
 分かってはいるが諦めきれないところが複雑である。
 今から食堂に言ったところでたいしたものはもう残っていないだろう。
 すでに何もないかもしれない。
 疲れる授業の間のインターバルとしての食事は非常に貴重だ。
 ましてや美味しければ輪をかけていい。
 弁当を忘れるやら空腹やらで酷く落ち込むユミだった。
 助けを出したいところだがミカのでは量が少なすぎるし、アキナは分ける気などもうとうない。
 べた〜っと机に突っ伏すしか出来なかった。
 二人を恨みがましく見る目は迫力こそ欠けているが、ミカの食欲を奪うには充分だった。
(私は何も悪くないじゃない〜)
 気にせず黙々と食べれるアキナの神経がちょっと羨ましかったする。
 食べ物の恨みは恐ろしいというがその言葉が分かる気がした。
 尤もこの場合は恨みといったものとは無縁のはずだが。
 ミカにもユミにも救いの手は差し伸べられないまま、妙な雰囲気は続いていた。
 と、ここまでがシンジの来る前の状況である。
 当然シンジはこの間の出来事を知る由はない。
 ただお腹がすいて突っ伏しているとしか思っていないだろう。
 やれやれとその様子に苦笑いを浮かべると、うなだれるユミに近寄り声をかける。
「ユミちゃん」
「あぅ、シンジさんの声が聞こえる…空腹で幻聴まで聞こえるなんて……」
 冗談で言っているのか本気で言っているのか分からない。
 多分本人はいたって真面目だろう。
「だから、ユミちゃんってば」
「幻聴でもいいから、お弁当がほしいの……」
「……はい、お弁当」
 やや目線が遠いユミに引きながらも、持ってきた包みを机の上に乗せる。
 そっと薄桃色の包みに伸ばす指。
 確かな手ごたえにようやくそれが現実のものだと認識する。
「あれ…シンジさん?」
「だめだよ、忘れ物しちゃ」
 にこにこといつもの優しい笑みを浮かべながら話し掛ける。
 隣ではミカとアキナが必死で笑いをこらえていた。
 だが、驚くユミを見て限界に達してしまう。
「あはははは、げ、幻聴だってさ、空腹なだけのに」
「くすくすくす、わ、笑っちゃダメですよぉ」
 笑いながら止められてもまったく説得力はない。
 かぁ顔を赤らめるユミ。
 笑う二人を無視して包みを解き、弁当を食べることに専念することにした。
 遠くのほうからも笑い声が聞こえる。
 会話を聞いていた他のクラスメイトものだろう。
 見るからに年上で銀髪の少年が、急に登場しては誰もが気になる。
 盗み聞ぎしていたらあの会話だ。
 笑ってしまっても仕方ない。
(は、はずかしぃ〜〜〜)
 誤魔化すように黙々と弁当の中身を口に運ぶ。
 恥ずかしがっちゃてかわいい〜とアキナが茶々を入れるが気にしない。
 いつのまにか自然とシンジは受け入れられていた。
 その場の雰囲気というものに。
 和やかな時間がこのまま過ぎると思われた。
 しかし、世の中思い通りにいかないものだ。
「碇君!」
「シンジ!」
 艶やかな黒髪の少女と煌くような栗色の髪の少女が、周りの生徒を押しのけて登場する。
 人類が誇る二大英雄の登場は場の雰囲気を一転させた。
 呼ばれるがままにその方向に振り向くシンジ。
 その顔からは優しい笑顔がこぼれたままだ。
 悪意の感情を向けられなかったことにレイもアスカも安堵する。
 まだ話せる望みはある、と。
 それは偽り、作られた笑顔だとは知らずに。
 動き始める唇に優しさはない。
「はじめまして、綾波レイさん、惣流アスカラングレーさん」
 二人を呼ぶ声はどこまでも他人行儀、親しみの欠片もない。
 自分達に対してはじめましてというシンジの言葉に二人は言葉をなくし、硬直するしか出来なかった。








あとがきというなの戯言

O:70000HITかぁ。
S:ま、また気になる展開を…
O:だ〜れが素直に進めてやるものかぁ。
  シンジ君は出番が多くていいじゃないか。おいしいところはもっていくし。
S:それは嬉しいんだけどね。
O:この話は誰がくっつくかが面白いところだな。
  ユミちゃん頑張れの意見が今のところ一番多い。
S:あの二人がなんていうか…
O:どうなるかは不明さ。
  もしかしたらカヲル登場とか…
S:カ、カヲル君が!?
O:それはないけどね。
S:ガクッ
O:あと3、4話で終わらせてやるぅ〜


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