残留の意志を確かめ合った翌日、これからの捜査方針を決めるため、発令室で一堂に会した。
「これから、どうしますか?」
 真っ先に口を切ったのはジェバンニだった。ニアをじっと見つめているが、しかし彼のほうでは視線を返さず、明後日のほうを見ながら答えた。
「米国政府の協力が得られない現状、衛星を利用した捜査は不可能です。そこで、メロを利用します」
「メロを……? 居場所がわからないものを、どうやって利用するというんだ?」
 レスターが不可解そうにたずねた。
「レスター指揮官」
 ニアの手の中で塩ビ人形が不自然な形を強いられる。首を無理な角度に曲げられ、音がたつほど左手と左足を開かれた。
「居場所がわからず、捜せない。けれども利用したい。あなたならどうしますか?」
 レスターは顎に手を添え、ちょっとのあいだ考え込んだ。
「私なら、おびき出す方法を考える」
「はい、その通りです。メロをおびき出します」
「だが、どうやって? 撒き餌はあるのか? それとも出てこざるをえない状況をつくりだすのか?」
「後者は不可能です。日本捜査本部ならメロの本名をつかんでいるかもしれませんが、おそらく協力してくれないでしょう。というより、キラと疑いをかけているものに助けを乞うのはバカげています」
「うむ」
「ですから、撒き餌作戦でいきます。本当なら撒き餌という言い方は、皆さんに失礼なのでしたくありませんが」
 ニアの言いまわしに、彼の伝えんとしている意味を読み取り、レスター以下捜査員は不安げに顔を曇らせた。
 つまりニアは、自分たちを泳がせ、メロの接触を待とうと図っているのだ。
「嫌な方はどうぞおっしゃってください。全員ノーなら別のやり方を考えるまでです」
「別のやり方? そんなのあるんですか?」
 ニアは振り向く代わりに、塩ビ人形の首をねじって、リドナーを見つめさせた。
 いまにも頭部の転がり落ちそうな、奇怪なポーズの人形を目の当たりにし、リドナーは思わず目を逸らす。人形が怖いのではない。無表情で人形をいたぶるニアの無邪気さが不気味だった。
「いえ、ありません。でも必ず考えます」
「私はやります」
 開口一番、名乗りを上げたのは、やはりだった。
 彼女は自分の身の安全に関心を持たない。痛みに対する恐怖が、正しく機能していなかった。
はだめです。私とここで待機してもらいます」
「どうしてですか? 私だって捜査員の一人です」
には自衛の手段がありません。銃すらろくに扱えないでしょう。メロがあなた方に接触した後、どんな行動に出ようとするか、それは正直私にもわかりません」
 もっともらしい理由を述べる。あらかじめ用意しておいた台詞だ。たとえが武術にすぐれていたとしても、やはりニアはなんらかの不都合を挙げて、ここから出すまいとしたにちがいなかった。
「私はきっとキラを捕まえるより早く死ぬことになると思います。それをちゃんと自分で知っています。恐ろしいとは思いません。逃げたいとはなおさら思いません。私も参加させて下さい」
「だめです。が動くなら、本作戦は実施しません」
「私の命です。使い方は私が決めます」
 むきになって抗弁するに、ニアの冷たい視線が浴びせられた。薄氷の色合いをした瞳の中に、有無を言わさぬ光が灯っている。
「死んで終わりのあなたは満足でしょう。しかし、部下に死なれた指揮官の気持ちが、あなたにわかりますか?」
「……それは」
 は言葉を見失って、力なく頭を垂れた。
 その態度を納得したと受け取ったニアは、残る三名を見渡した。
「というわけです。皆さん、伊達に優秀と言われたわけでもないでしょうし、ここはその手腕に賭けてみたいと思います。……ハル・リドナー」
「はい」
「はっきり言います。狙われるのは十中八九あなたです」
「それは、私が女だからですか」
「そうですね。私がメロであったなら、あなたを標的にします」
 しばらく返事はなかった。
 リドナーは眉間をしかめ、険しい面持ちで悩んでいる。やがてぽつりと、しかし決意の滲んだ口調でつぶやいた。
「わかりました。やります」
「ありがとうございます。ほかのお二人も構いませんね?」
「はい、リドナーが決心したんです。私に断れるはずがありません」
「私も構わない」
 ジェバンニとレスターはそろって承知した。
「ではこの作戦でいきます。メロをおびき出し、可能なら捕獲後尋問、無理そうなら情報を与えて、キラを追わせます」
「けれど、この作戦では、メロはどちらにしても」
 リドナーの漏らした声に、ニアは「ええ」と相槌を打った。髪を触りながら、ことなげに言い放つ。
「どちらにしてもメロは破滅です。彼は我々の仲間を殺しました。どう少なく見積もっても、死刑以外の量刑はありえません。どうせ死ぬんですから、せいぜい役に立ってもらいます」
 ニアはそこで一度言葉を止めた。睫毛を伏せ、膝を抱え込む。双眸の奥で、冷厳さが息づきはじめた。
「それでは、作戦開始です。皆さん、十分に気をつけてください。念のため、服に盗聴器を仕込んでもらい、と私で見守ります」

 三人を日常生活へ戻して五日が経過した。まだなんの動きも見られない。
 並行してニアは可能な範囲でメロの行方を追ったが、発令室にこもりきりの捜査では埒が明かない。長時間放置したせいで温くなったコーヒーを、最後まで飲み干すと、隣りでヘッドホンに耳を傾けるに声をかけた。

「ニア、名字で呼んでください」
「なかなか反応が早いですね。いまならうっかり返事をしてくれるかと期待したんですが」
「それで、なんなんですか?」
「六日前、私は二代目Lとキラがイコールであるという仮説をたてました」
 の表情がかすかに強ばる。
「ええ」
「あなたはそれを聞いて、どう思いましたか?」
「可能性の一つと考えました」
「模範解答はいいんですよ、
「ですから名字で……」
「では質問を変えます」
 の抗議を無視して、話の角度を変える。
「Lイコールキラ。便宜的にLキラと呼びます。Lキラがいまここに現れたら、あなたはどうしますか?」
「……捕まえます」
 声があからさまに波立った。動揺を抑えきれていない。
 ニアはキーボードが設置してあるのも構わず、デスクの上にもたれかかった。頬がいくつかのキーに触れ、意味不明な単語をつくりだす。白のモニタに黒のアルファべットが浮かび上がる。そのコントラストがの目を射た。すばやく別の方向に視線を走らせる。
 ニアはなおもの横顔を見上げ続けたが、彼女が口を割りそうもないと察し、あきらめて椅子を離れた。もとより心情を吐露するとも思っていない。
 ニアの足音が遠のくのを聞きながら、は胸をなでおろした。

 作戦の実行から一週間が経過した。メロは様子をうかがっているのか、あるいは何か企みがあるのか、いまだ行動を見せない。
 定期連絡の中で、リドナーが何気なくつぶやいた。
「もう、死んでいるかもしれません」
 まさに彼女の言うとおりだった。
 ニアがいまのいままでその可能性に思い至らなかったのは、そうしたくなかったためだ。見知った人間が知らぬ間に他界しているなど、考えたくなかった。生きていて欲しいと、そう願う。
 メロという駒を失うことへの危惧なのか、旧友の身を案じているためのか。多分後者だとニアは判断した。だからメロの死を想定したくなかった。
 しかしその一方で、メロを駒として扱うことに微塵もためらいを感じていないし、すべてが終わればこの手で捕まえ、処刑台へ押しあげるつもりでいる。メロと過ごした幼いころからの記憶が彼の生存を祈り、Lの後継者として獲得した自覚が死を望む。
 そうした矛盾を常に、ニアの人格は抱えている。だがそれは、彼の擦り切れた神経にのみ見られる傾向ではない。だれしも歪み、相反する衝動に困惑しながら、日々を生きている。
 それを病と表現するなら、精神病院は世界中の人間を収容できる規模であるべきだった。
?」
 新しい玩具を取りにいこうと部屋を見渡したとき、彼女の姿が見えないのに気づいた。
 手洗いかと思ったが、念のため電話をかけてみる。数回のコールのあと、彼女の声が続いた。
「はい」
 少し声が聞きづらいのは、喧騒に紛れているせいだった。
、そこはどこですか?」
「家のすぐそばです。最寄の店で買い物したあと、すぐに帰ります」
 外出先であるのを気にして、本部を家と表現したらしい。
「いますぐ戻ってください」
「もう店の前です」
「いいから戻ってください」
「でももう嗜好品と飲料がありませんし……。食料も種類によっては」
「嗜好品など要りません。飲料は水がありますし、食料は缶詰が山ほどあります」
「いえ、でも、せっかくここまできたんですから……。本当、すぐ戻りますから」
!」
 最後の呼びかけは、彼女に伝わらなかった。
 それより早く不通をしらせる電子音が聞こえてきた。ニアは不愉快そうに唇をつぐんで、受話器を放り出す。
 彼女は元外交官だ。現状、単独で歩きまわることの危険性くらい認識できているだろう。それを承知で出て行ったということだ。膠着した事態の打破を狙ったにちがいない。
 ニアは念のため、の出かけた先からもっとも近い位置にいるリドナーに連絡を入れた。
「リドナー」
「ニア。何か進展が?」
「まったくないので連絡しました。現在を囮がてら買出しに行かせています。いつもの店です。すぐに向かってください」
「わかりました」
 捜査の一環ということにしておかなければ、あとあと彼女がほかの捜査員から非難されかねない。メロが近づくにしても、おそらく一人だろう。仲間を得る時間も資金もないはずだ。であれば、高い戦闘能力を有するリドナーの敵ではない。
 ひとまず安心していいだろうと考え、手元に置いてあったカップを拾い上げる。コーヒーの水面が性急に波打った。

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