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 ヴァイオレット奇譚「Chapter15・"末裔の苦悩"」



 第一世代は無知だった。
 第二世代は臆病だった。
 そして第三世代は、裏切り者の集まりだった。
 
 どの世代にも特色がある。
 たった三十人の第一世代が無知から作り出した数千の第二世代。そして、 この体の氾濫に恐れをなした第二世代が消極的に生み出した数百の第三世代。
 そして、それら全てに終止符を打とうと次世代を作ることを一切拒んだ第三世代。
 皆で結託したわけではないが、彼らの意思は自然と一致していた。
 世代ごとに色は違っても、同じ世代であれば同じ意思を持つ。時代背景もあるのかもしれない。 第三世代が多く作られた時代はどこに行っても戦争だらけだった。希望の持てない時代の中、さらに異端は問答無用で排除される傾向にもあった。
 彼らが生み出されたとき、第一世代はすでに絶滅し、第二世代の殆ども、各々食い合って緩やかな絶滅へと向かっていた。
 間違って生まれてきてしまった始まりの赤ん坊が全ての力を持っていて、その後の末裔は 世代ごとに奇異な力を失っていくところから見ても、この血はもともと淘汰される運命なのだ。 間違っても繁栄を望んではいけない。人間を征服できる生き物がこの地上にあってはならない。
 第三世代が己の生態を知ったとき誰もがそう感じた。
 だから彼らも第二世代を見習って絶滅へと歩き出した。
 けれどある日、傲慢な人間が彼らの生態を知り、その肉の欠片を口に入れてしまう。
 誰も望んでいなかった第四世代の誕生だった。

 それからは狩るか狩られるかの日々だった。
 奇異な力は世代は勿論、食った肉の量にも大きく左右される。
 だから僅かばかりの肉で誕生してしまった第四世代はあまりにも非力で、寿命や治癒能力を除けば人間と大差が無い。
 勝負は時間の問題だったはずだ。それなのに、彼らは後を絶たない。裏切る者が居るからだ。
 愛する者が不治の病にかかる、愛する者が事故に合い瀕死になってしまう。そんなとき、異端の肉は 命の水になる。ねだられて肉をくれてやる者も居ただろう。あるいは強引に奪われた者も。
 そんな風にして次々に繁殖しては、数で第三世代を攻める。
 終わりの無いいたちごっこに、元を絶とうと奮起した第三世代も多かった。その中に、クレア・ランスキーとリン・タイエイが居た。
 彼らは第四世代を一旦無視して、同世代を食いにかかった。
 強い意志を持ち、きちんと自衛出来るもの以外は、問答無用に食らいつくす。
 そうして食える肉をどんどん取り上げられた第四世代は、やがて彼らを「裏切り者の第三世代」と呼ぶ。

 次第に消えていった第三世代の生き残りが最早二人だけになった時、第四世代もその殆どが絶滅の危機だった。
 事態はこのまま、緩やかに終息していくと思われた。
 全ての共食いが終わった時静かに生まれた第三世代、ヒューゴ・ロスを除いては。



******



 マンションのインターホンが鳴らされて、男はベッドの中で身動ぎをする。
 誰が何の用でこの部屋を訪ねてきたのかは考えるまでも無い。だからあえて無視を決め込むと、 戸惑いながら玄関のドアが開かれた。
「あの……ヒューゴ」
 遠慮がちで控えめな声が響く。それでも勝手にドアを開けるあたり、随分と身勝手で十分に失礼極まりない。 ただ、第三世代でありながら食った肉の量のせいで枝を作ることが出来ない自分にとって、 第四世代は貴重な人材だ。
「入って来い」
 うんざりしながら上半身を起こして客を招き入れる。
「すみません、お休みのところを……」
 そう言っておずおずとリビングから寝室を覗き込んだ青年には見覚えがあった。
 一週間前、自分が作ってやった第四世代の大学生だ。でも名前が出てこない。記憶を巡らせながらただじっと見つめていると 青年は自ら名乗り出る。
「あの、川井です。川井尚吾。一週間前ヒューゴに……」
「ああ」
 言葉を遮って頷く。何度聞かされたって自分が彼の名前を覚える事は無いだろう。彼もまた、使い捨ての駒の一つでしかない。
「で、何の用なんだ」
「……あ、それが……」
 少し言いずらそうにして男が俯く。
 それもそうだろう。馬鹿にするようにしてヒューゴは薄く笑い、ベッドから降りると そのまま白いシャツを肩にかけてリビングへと移動した。その後を黙って青年が追う。
「どうせこれだろう」
 リビングにある黒いチェストから、無造作に詰め込まれた現金の束を二つほど手にとって見せると、男は控えめに頷いた。
「持っていけ」 
「あ、ありがとうございます」
 安堵したように男が表情を緩める。
 けれど、あと数センチで指が触れそうだった札束をひょいと上にかわされて男が不安そうに瞳を揺らした。
「で?」
 ヒューゴは冷たい口調でそのまま男を見据える。
「……え」
「え、じゃないだろ。七尾学園の様子は? まさか金だけ貰いに来たわけじゃないだろう」
「あ、あの……」
「働いてきたんだろう? もちろん」
「……あの……すみません。大学とかが、忙しくて」
 頭に手を回しながら男が愛想笑いを見せるも、ヒューゴはそんな相手を疎んじるようにして首を振った。
「お前が大学を辞めたことはもう知ってる。勤めていた新聞社のアルバイトを辞めたことも」
「あ……」
「第四世代如きが、俺たち第三世代を欺けると思うな」
「……す、すみません」
 こういう時に、枝を作れたらどんなにいいかと思ってしまう。
 枝には絶対的な忠誠心がある。
 裏切る事などありえない。
 主人の命と自分の命が密接にリンクしているからだ。だから彼らは生き延びるための本能でもって忠誠を全うする。
 それに比べ、作り出した次世代の何と自分勝手なことか。
「今学園には何人見張りがついているんだ?」
 ため息を零しながらそう問うと、男は慌てて携帯電話を取り出し届いていたメールの本文を読み返す。 その動作があまりにも人間臭くて、ヒューゴは吐き気すら覚えた。
 力を持たない第四世代は、人間の文明機器に頼り仲間と連絡を取る。 匂いに鈍感で、香水をつけられた程度でマグナを見失う。
――こんな末裔を……セロが見たら……
 笑うだろうか。悲しむだろうか。呆れるだろうか。
 超感覚者であったと伝えられているセロがこれを見たら、あの赤ん坊は何を思うのだろう。 もっと早くに淘汰されるべきだったと落胆し、不甲斐ない末裔を憎むだろうか。
「あの。今は六人の見張りがいます」
「それじゃ足りない」
 すぐさま返すと、男は慌ててもう一度メールを打ち始める。
 そのまどろっこしい作業を見ていられなくて、ヒューゴは冷蔵庫から水を取り出し、ソファに座った。
「やっとマグナが見つかったんだ。ここからが正念場だ」
 誰に言うでもなく、そう呟く。
 今までは、マグナを見つけても肝心の手先達がすぐに葬られ、結局また振り出しに戻るの繰り返しだった。 クレアはマグナの情報を掴んだ第四世代を絶対にこちらに帰さなかったし、中々見つからないところをみると、 マグナ自身も自衛を徹底しているらしい。
 おまけにあの学園は枝たちによって終始厳重警備体制にある。
 クレアが神経を尖らせているのも知っている。

 迂闊に飛び込んでいくわけにはいかない。
 食った肉の量の違いで、クレアとヒューゴには僅かな差がある。例えば彼は枝を作れるけれど、自分にはそれが出来ない。 例えば彼は同時に千単位の人間を操る事が出来るけれど、自分は十人程度で限界がおとずれる。香港のリン・タイエイに至っては 操れる人間の数に上限など無いと聞く。同じ第三世代でも、おそらく自分はヒエラルキーの最下層に位置するのだろう。
 食われたら一貫の終わりなのだ。
 事は、非常に慎重に運ばなければならない。

 ただこちらに有利な点もある。
 クレア・ランスキーが何を欲しているのかを掌握している。
 彼が欲しがっているものは、第三世代の大半が望んでいたものだ。そしてそのためには、 マグナは絶対不可欠の存在となる。
 例のものと、マグナ。
 選択を迫られたとき、身勝手な第三世代がどちらを選ぶかは明白だった。

「あの……ヒューゴ?」
 メールを打ち終えた男が物思いにふけっているヒューゴを覗き込む。
 それに気付いたヒューゴが、忘れていた札束を彼に投げてよこした。
「持っていけ」
「あ、ありがとうございます」
 深く一礼して去っていこうとする男を呼び止め、もう一度念を押す。
「分かってるな?」
「はい。羽沢梨佳ですよね」
 得意そうに男が答えれば、ヒューゴは頷いてそのまま視線を窓の外へと投げた。男が静かにマンションを後にする。
 やっと見つけたクレアのマグナ。
 ずっと追い回しては逃げられるのいたちごっこだった。
 しかし、マグナの身元が割れてしまえばこちらのものだ。
 標的さえはっきりすれば、後は数で攻めればいい。相手はただの人間の少女だ。枝がついていたとしても そんなことは大した問題ではない。クレアの隙さえ突ければいい。

「ヒューゴ?」
 寝室から、肩まで伸びたブルネットのスラリとした女性が現れる。
 その濃い色をした髪とは対照的な淡いバイオレット瞳。それを真っ直ぐにヒューゴに向けて、 彼女は首を傾げた。
「今誰か来てた?」
「先週作った第四世代が金をせびりに来たんだ」
「……ふーん」
 興味が無さそうにそう答えて彼女は冷蔵庫から冷えたミルクを取り出し、鼻歌まじりにそれをコップへと注ぐ。
「ヴェラ、近いうちにクレアのマグナを捕える事にしたぞ」
「それって私に関係あるの?」
 背中を向けたままそう答える彼女にヒューゴは眉を潜めて視線を向ける。
「お前にも協力してもらう。人手が必要だ」
「やだよ」
「……お前は肉を多く食っている。第四世代の中でも鼻の効くほうだ。協力はしてもらう」
「勝手に食わせたくせに、そんな事言う権利、ヒューゴに無いでしょ」
 意地悪く微笑んで彼の一番痛い所を突く。
 第三世代として誕生したヒューゴが、初めて実験と称し生み出した第四世代。 それが、妹のヴェラだ。彼女はその実験を歓迎こそしなかったが、別段恨んでいる様子でもない。 ただ楽観的に事実を受け止めて、何となく兄と共に行動している。
「いくらあげたの?」
 コップを持ちながらヴェラはヒューゴの隣に腰を下ろし、テレビのスイッチを入れる。 が、それもすぐに消されてしまい彼女は不服そうに頬を膨らました。
「テレビくらい見せてよ」
「うるさいのは嫌いなんだ」
 きっぱりと言われてため息を零す。横暴なのは昔から変わらない。 いつだって自分勝手な兄だった。
「……もう、馬鹿」
「くれてやってのはほんの小銭だ。またすぐにせびりに来るさ」
 今も、自分の抗議など無視して勝手に話を進める。ヴェラは諦めてコップのミルクを飲み干した。 それから、隣の兄へともたれかかる。
「みんな貪欲なんだね」
「……貪欲は第四世代の代名詞だ。おまけにこの体を手に入れたとたん、力も無いのに 反社会的な思想を持ち出す傲慢さも兼ね備えている」
「単なる怠け者だよ。お金を手に入れる能力が無いなら、みんな働いたらいいのに」
「お前もだろう」
 そう水を差すと下からきっと睨まれる。
「私はいいの。だってヒューゴの家族なんだから」
「ならば協力しろ」
 冷たくそう言い放つと、ヒューゴは妹を残して寝室へと戻る。
 ヴェラはそんな兄の背中に思いっきり舌を突き出し中指を立てた。
――ばっかみたい!
 心の中でそう叫ぶと、リモコンに手を伸ばしてテレビをつける。 好き勝手に音量を上げて僅かばかりの嫌がらせも忘れない。
 だいたい、同族食いで有名なクレア・ランスキーに勝負を挑むなど無茶にも程がある。
 兄は能力の差ばかりを気にしているけれど、本当に目を向けなければならないのは 今まで散々同世代を食ってきたクレアと、自分以外の第三世代とは接触すらしたことの無い兄との その絶対的な経験の差だ。
――まさかほんとに勝てると思ってるのかな……
 しかし、それならそれで別にかまわない。
 今兄と共に行動しているのは、単に彼が金づるだからだ。 ヒューゴがいなくなったら自分で働けば良い。
 幸い体は二十代前後で働き盛りだと判断されるだろうし、 日本語はすっかりマスターしてしまったから、この土地でそれを生かすのもいいかもしれない。 暇な日常にも大分飽きてきたところだ。
 自分は異端同士の争いなどには関わらずに生きていく。
 自分が幸せであるのなら、他のものなどどうでもいい。
――私……変わってるのかな…… 
 他の同世代のように、セロに執着などしていない。
 上の世代へのコンプレックスも無い。
 働くことに抵抗も無ければ、人間を見下しもしていない。
 貪欲な第四世代と呼ばれる自分は、その中でも随分とイレギュラーな思想の持ち主ではないだろうか。
 そもそも、第四世代が皆本当に貪欲なのかも怪しい。
 単なるならず者の集まりのような気もするが。
 
 そこまで考えて、ヴェラは自嘲気味に微笑む。
――どうでもいっか
 彼女は立ち上がると兄の寝室を随分冷たい視線で一瞥してからバスルームへと向かった。



******



 学園の敷地を一通り歩き回ってから中庭の花壇に腰を下ろす。
 たまに通りすがる女子生徒たちは、その青年を素通りして楽しそうに駆けて行く。
「……六人」
 そっと呟く。
 見張りはもっと増えるだろう。もう葬っても無駄だ。
 マグナが梨佳だと知られた以上、相手側が総攻撃に出てくるのは時間の問題だった。
 ため息を零して背後の花壇を見下ろす。綺麗に咲き誇ったコスモスは今日も平和に風に揺れていた。
「どうしたら……いいと思う」
 その淡い色した花びらを視界に入れながらもう一度零せば、コスモスは体を揺らすのをぴたっと止めて 彼の言葉に返事を返す。
 不思議な感覚だった。
 声として聞こえているわけではないのに、何を話しているのかが分かる。
 花が声を出して歌い出すたびに、その下に字幕が流れているような錯覚。 惑わされている。自分は術中にはまっている。だって花は喋ったりしないから。 それでも、会話が成立しているような錯覚に陥る。
『何も聞こえない。何も見えない』
 そう、花は歌う。
 クレアは忌々しいコスモスを睨みつけて、その茎を人差し指ではじいた。
「あなたはそうやって、いつも外野だね」
『何も聞こえない。何も見えない』
「……あっそう」
 諦めて正面へと向き直る。
 先日梨佳を襲った二人組みの第四世代のうち、一人を取り逃がしてしまった。 これは、致命的なミスだ。けれど奮闘したシリルやハンリエットを責めるわけにもいかず、 クレアは一人肩を落とす。
『何も聞こえない。何も見えない』 
 背中でコスモスが語りかける。
「……うるさいよ」
『何も聞こえない。何も見えない』
「引っこ抜くぞ」
『…………』
 ようやく押し黙ったコスモスに満足して、クレアは秋の空を見上げた。
 このまま悪戯に梨佳を危険に晒すくらいならば、いっそのこと彼女を切り捨ててしまおうか。 第四世代に捕まる事と、自分に切り捨てられる事と、彼女はどちらを選ぶだろう。
 一旦マグナだと認識してしまえば、この体は対象の女性に対して勝手に誘惑を始めてしまう。 それは匂いとなって相手の体に纏わり付く。だから彼女を解放してやるには、自分が認識を改めて二度と接触をしなければ良い。
――でも……
 梨佳は絶対に納得しないだろう。
 ならば、マグナを解任させても傍に置いておく?
 家族として。恋人として。
 そこまで考えて首を振る。
 それではあまりにも次のマグナが不憫だ。犠牲を強いるなら、その女性に対して全ての誠意を注ぎたい。 愛人を囲うなど主義に反する。それならば、今までの梨佳の恩に対してどう報いればいいのだろう。
 こんな風に情をまじえて考え出せば絶対に答えは出ない。

『何も聞こえない。何も見えない』

 背中で再びコスモスが歌い出す。
 うんざりしたクレアが振り返れば、コスモスの花が一斉にこちらに向いていて、その気味の悪さにぎくりとする。 風が吹いても揺れない花が彼を真っ直ぐに見つめ、そして再び歌い出す。

『何も見えない。それでも全てを知っている』
「…………」
『第一世代は無知だった。第二世代は臆病だった』
「……知ってるよ」
『第三世代が裏切った』
「…………」
『第四世代が復讐に来るぞ』

 そう言って、一瞬の瞬きの後、コスモスは風に揺れはじめる。 花は好き勝手な方向に向かってそよぎ、そのどれもがクレアに注目することをやめた。 クレアもまた、花壇から立ち上がり小さく息を吐いてからゆっくりと歩き始める。
――分かっているよ
 花壇に向かってそう呟き、彼は新校舎へと姿を消した。

 どの世代にも特色がある。
 第一世代は無知で、第二世代は臆病だった。
 やがてその全てを第三世代が裏切った。

 そして第四世代は、復讐に身を焦がす。
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