ヴァイオレット奇譚2

Chapter1◆「The Spring Rabbit―【5】」




 人気の無い湿ったビルの六階。
 幅の狭い通路に並べられた長イスには、ぽつりぽつりと人が腰を下ろしていた。
 サラリーマン風の男だったり、今にも倒れそうな老人だったり、エプロンをつけたままの主婦であったり、 かといえば就職活動と勘違いでもしたのか、様にならないリクルートスーツの若い女性だったり。
 タイプは様々だったが、皆一様にひどく緊張しているのが空気で伝わる。
 一人が咳き込めばその音は狭い通路に響き渡り、その場にいる全員の神経を刺激する。
 そのど真ん中を、履きつぶしたスニーカーの底でキュ、キュ、と耳障りな音を立てながら 瑛士は大股で進む。皆顔を上げたりはしないが、その場の誰もが少年の背中にするどい視線を向けていた。
「ここ、座っていい?」
 言い終わらないうちにどかっと腰をおろし、声をかけられた青年がぽかんと口を開けて瑛士を見つめる。 この場においても発揮できるその無神経さに賞賛の意味もこめて青年は苦笑いを浮かべた。
 しかもよく見れば自分より年下ではないだろうか。
「君……中学生?」
「はぁ? 俺のどこが中学生だよ。どう見たって高校生だろ。目ぇ腐ってんのか?」
 そう言って相手がつきつけてきた学生証に目を通す。
――なんだ……今年高校に入学か。似たようなもんじゃないか……
「あんたはいくつなんだよ」
 ツリ目がちの瞳をじっと向けられて青年は口ごもった。
 瑛士の声がいちいち大きいせいで、皆の意識がここへ集中しているのが伝わる。
「……十九歳」
 ヒソヒソと声を潜めて伝えたけれど、周りの人にはきっと聞こえたに違いない。
「へぇ、大学生?」
「……どうだっていいだろ。君、声が大きいよ」
「名前は? 俺はとつ、……三井翔太」
「……加瀬川……恭士郎」
「へぇ。字画多そうだな。キョーシローってどう書く?」
「ど、どうだっていいだろ。とにかく声が大きいって」
 再び指摘すると、瑛士は不服そうに舌打ちをして両手を頭の後ろに回した。
 一体どんな育ち方をしたらここまで無神経になれるのだろうと感心しながら、 それでも、この場において誰よりもリラックスをしている年下の少年を見て、恭士郎は 少し羨ましくも思った。自分など、緊張のあまり先ほどから手の平の汗が止まらない。 ふと油断すれば、奥歯ががちがちと音を立てそうだ。
「……あんた、いじめられっこだろ」
 唐突に投げられた言葉は不躾だったが、声量は先ほどより抑えられている。
「そのびん底メガネとかさ、俺あんたみたいな いじめられっこ漫画で見たことあるぜ」
 にやにや笑いながら覗き込む瑛士の視線を無視して、恭士郎は自分のつま先に 視線を落とす。
「それでこんなところに来ちゃったんだろ?」
「違うよ。俺は逃げて来たわけじゃない。挑戦しに来たんだ。君だってそうだろ」
「…………」
「千載一遇のチャンスに賭けてみようと思った。こう見えても試験は得意なんだ」
「あんた得意そうに見えるぜ。言っとくけど」
「……」
 その時、廊下の突き当たりにある扉が僅かに開き、低くしゃがれた女性の 声が響く。
「石塚富江さん。どうぞ」
 呼ばれたエプロン姿の主婦が跳ねるようにして立ち上がり、おずおずとドアの向こうへ消えていく。 皆が見守るようにして彼女の後姿を視線で追った。
「……あの部屋で、何が行われてるんだろう。面接みたいなものかな」
「歌でも歌わされてたりしてな。もしそうなら俺は全然かまわないけど、 あんたはどう?」
 もしそれが本当ならば声がこちらまで筒抜けなはずなので、歌唱力の テストは行われていないのだろうが、万が一「歌え」と言われたら、仁王立ちで歌い上げるくらいの 覚悟はあるつもりだと恭士郎が呟く。
「絶対合格してみせる……」
「あっそ。まぁ頑張れよ」
「……君、さっきから随分余裕だけど、自信でもあるのか?」
 こちらを小馬鹿にするような態度にかちんときてギロリと睨み付けると、 隣の少年はふふん、と鼻を鳴らして足を組みかえる。
「自慢じゃないけど俺は試験だとか受験だとかに落ちたことが無いんだよ」
「……」
「つまり試験も受験も受けたことが無い」
「だと思ったよ」
 茶色く染め上げた髪にチャラチャラとしたカラーシャツ。着古したジーンズ。 生意気そうな顔つきに横柄な態度。彼のような少年は町の片隅でよく見かける。 学業を放棄して日がな一日中遊びほうけているような人種だ。
 ここへ来たのだって、どうせひやかし半分に違いない。
「加瀬川さん。加瀬川恭士郎さん、どうぞ」
 ドアが開き、しゃがれた声が恭士郎を呼ぶ。
 肩をびくつかせて反応した後、彼は震える足でどうにかイスから立ち上がった。
「なぁ恭士郎」
「……行ってくるよ」
「恭士郎、人間には、人間の分ってもんがあんだぞ」
「え」
「思い上がるなよ」
「……君に、言われたくない。それに、俺はその人間をやめに来たんだ。君だって同類だろ!」
 怒りのままに吐き捨てて恭士郎がドアの向こうへと消えていく。
 その後姿が見えなくなると、瑛士は壁にもたれかかり大きなため息をこぼした。
――やっぱりだめか……
 受け売りの文句をそのまま投げかけてみたけれど、やはり恭士郎には 届かなかったらしい。
 仕方が無い。瑛士でさえ、かつて投げられたクレアのその言葉の意味を、まだ完全に理解したわけではない。 それでも、彼が言いたかったことは、何となく分かっているつもりだ。
――びん底メガネかけてるくせして、馬鹿か……
 それとも、気付けと言うほうが無理な注文なのだろうか。



******



 花瓶を抱えて万莉亜が病室を後にすると、興奮に任せて若い少女のようにきゃっきゃとはしゃいでいた 祖母が深く息を吐いて全身の力を抜く。
 陽気な万莉亜といると、自分が老体だということもつい忘れて浮かれ騒いでしまうのだ。
 そんな彼女を見ていたクレアが絶妙のタイミングでコップに注いだ水を手渡してくるので、小さく笑ってそれを 受け取る。
「ありがとうクレアさん。ああ、そうだ。物はついでにもう一つお願いがあるの」
 すっかり打ち解けてしまった孫の恋人に、悪いなとは思いつつ甘えさせてもらう。相手も、 たったそれだけで彼女の言わんとしていることを理解して気持ちよく了承した。
「そうなるんじゃないかなって思ってましたから」
 軽く笑いながら、見舞い品として持ってきたプラモデルの箱を空になった紙袋に詰めなおして 足元にこっそりと置いておく。これを帰り際にさりげなく持ち帰らなければならない。
「箱のまま飾っておくと、あの子ががっかりしそうでねぇ」
 祖母の見舞い品に、万莉亜は結構なプライドとこだわりを持っている。
 そしてそのことを、祖母は良く知っている。
「実はこれ僕が作りたくて万莉亜にすすめたんですよ。このティラノザウルス」
「プテラノドンですよクレアさん」
「そうそう。それです」
 クスクスと笑っていた祖母が幸せそうな笑顔で静かに目を閉じた。 皺が何本も入ったまぶたを、どこかぼんやりと眺めていると、ゆっくりと再び開いた黒い瞳が クレアを見上げる。
 ほとんど見えてはいないのだろうなとは思いつつも、一瞬身構えてしまった自分が情けなくて クレアは内心自嘲した。
「思っていたより元気そうで良かったわ。手紙では色々悩んでいたみたいだから」
「……手紙?」
 意外な話の切り出しに首をかしげる。
「アルバイトをお休みさせてもらって、結構時間が増えたんじゃないかしら。いつも忙しそうにしてたから、 きっと何をしていいのか戸惑ってるのね」
 クレアは曖昧に頷いた後、万莉亜が戻ってこないだろうかと病室の入り口にそっと視線を向けた。
「……本当はこのまま辞めてもらいたいのよ。やっぱり、夜遅くなると心配だし、 毎日クレアさんに送り迎えをしてもらうわけにもいかないでしょう? 変な事件に巻き込まれやしないかと ずっと心配で」
「送迎はしますけど、僕も本音を言えば……」
 言いながら首を伸ばしてもう一度入り口を確認する。
「辞めてもらいたいですね」
 万莉亜のアルバイトについては、学園に戻る際クレアは何度か説得を試みた。
 落ち着くまで待とうと主張する彼に対して、彼女はすぐにでも復帰すると言い張った。
 自分が折れなければ、いずれクレアが折れるのだろうと甘く見積もっていた万莉亜に対し、 仕方が無いと観念したクレアがとどめの一発とばかりに祖母を味方につけ、万莉亜は結局 保護者直々にアルバイト禁止令を言い渡される破目になってしまった。
「近頃は随分と物騒なのでしょう? 万莉亜みたいな若い女の子は、特に気をつけないとねぇ」
「そりゃあもう」
 祖母を説得する際、三歩歩けば変質者にぶち当たる世の中だと口をすっぱくして繰り返し、見事彼女を 怯えさせることに成功した。言い過ぎたとは思っていないし、あながち間違ってもいないだろうと開き直ってすらいる。 しかし裏で祖母と手を組んでいることを知られたら万莉亜は怒るだろう。そうなるとまたややこしくなるので、 ここは上手に乗り切りたい。
「この季節はおかしな輩がぐっと増えますから」
「怖いわねぇ」
――春が終わるまでには……
 全てが終わっているといい。
 自分が関わるつもりは毛頭無いので、どこからかスーパーヒーローが現れてくれないかなと ふとした時に空想する。
 大事なものは鍵のついたトランクに隠して、全てが終わるまで安全な場所からことの成り行きを見守るのだ。腰抜け野郎だと 非難されてもかまわない。今日もどこからかやってくるスーパーヒーローを心待ちにしている。
 しかし、いつまで経ってもヒーローはやって来てくれないので、仕方が無しに小間使いを偵察に出してみる。 だからといってどうするわけでもないが、多分、ちっぽけな良心が痛むせいだ。



******



 螺旋階段の天辺でぼんやりしていると、見知らぬ白い乗用車が敷地の外にある来客用の駐車場へ入ってくるのが遠目に見えた。
 注意して眺めていたわけではないけれど、運転席から現れた眩しい金髪に思わず目を凝らす。
――……あの人……
 車から降りた男性は反対側に周り助手席のドアを開け、中から現れた少女に手を差し伸べている。
 身を乗り出し、目を細める。
 淡い若草色のワンピースを着た女性のシルエットには見覚えがあった。顔までは確認できないが、 髪型や雰囲気から、寮長だと詩織は確信する。
 となると一緒にいるブロンドの男性は先日見かけた彼女の親族だろうか。 美男子だったのでよく覚えているが、手をつないでこちらへ向かってくる二人は親族と言うよりは恋人と言ったほうが しっくりくる。
――彼氏なのかな……
 好奇心から立ち上がり、手すりから上半身を乗り出して眺めていると、ふいに男性の 視線が詩織を捉える。
「……っ!」
 驚いて目を逸らし、膝を抱えてしゃがみこみ、それからそっと振り返ってみると、 二人の姿はもう消えていた。
――……びっくりした……見られたかな……
 まだドキドキしている心臓を両手で押さえて、ゆっくりと息を吐いた。
 落ち着いて考えてみれば、見られて困ることもないのだが。
「っきゃあ!」
 突然鳴り出した携帯の着信メロディに悲鳴を上げて跳ね上がる。 それから、単なるメールの受信だと知り、脱力。
「……もう、びっくりした」
 ぶつぶつ言いながらメールを開く。
 名前も顔も知らぬメール相手の文章は不可解で、相変わらず趣旨が見えない。
『Q:初恋はいつですか?』
――……くだらない
『覚えていません』
『Q:父親と母親、どちらに似ていますか?』
『似てません』
『Q:教師は好きですか?』
『普通です』
 意味の無い一問一答を先ほどから延々と繰り返している。
 やりとりの相手によると、これは”テスト”だという。合格すれば、次のステージへ移行できると言うのだが、 如何せん質問が無作為で、そして絶望的なまでにくだらない。
――……やっぱり悪戯かな
 昨夜見つけたアドレスにメールを送信したところ、随分とうさんくさい返信がきた。
『今からテストを始めます。正直に答えてください。嘘をつきたいと感じたのなら、 嘘をついてください。自分の心に、正直に答えてください。それでは始めます』
 そうして一方的に始められたこのやりとりに、そろそろうんざりし始めている。
――何がしたいんだろう
 げんなりしながら、それでもせっせとボタンを押す。
 理由はシンプルで、ただ暇だからだ。他にやることも無いから、 怪しげな掲示板で見かけた怪しい人物とくだらないメールのやり取りをする。
 今日だけで、もう百通以上は送っているかもしれない。

「……守屋さーん」
 ふいに遠くから自分を呼ぶ声が聞こえて、詩織が作業の手を止めた。
――寮長?
 はたと気付き、携帯のディスプレイに小さく表示されている時刻を確認する。
 時刻は八時三十分。
――うわ……
 先ほど万莉亜を見かけてから、もう一時間も経過していた。
「あ、いた」
 螺旋階段の下に、見慣れたパーカーとジーンズ姿の万莉亜が現れる。
 さっきのワンピースのほうが可愛いのになぁとぼんやり考えながら、詩織は申し訳なさそうな 表情を作った。近頃は連日門限について彼女に注意されているせいで、万莉亜の顔を見ると反射的にそうしてしまう。
「まだ門限じゃないよ」
 そんな詩織の表情を見て、万莉亜が苦笑しながら螺旋階段を上り始める。
「でも一応、今日は先回りしておこうと思って」
「……ごめんなさい」
「謝らないで。だってまだ門限じゃないから」
「…………」
「…………」
 詩織の隣に腰をおろし、何か話題は無いかなと模索しながら沈黙に 焦りを募らせる。きっと、詩織もそうに違いない。
「……友達と、メール?」
 苦肉の策で詩織が持っていた携帯電話に目を落としそう尋ねてみるが、あっさりと 首を振られて撃沈し、次の話題を探しているとその内詩織が口を開いた。
「先輩は、ここでのんびりしてても大丈夫なんですか?」
「え? うん、暇なんだ、私。バイトもしてないし、ルームメイトはいないし」
「……でもさっき……」
 彼氏と一緒にいるのを見ましたよと言いかけて口をつぐむ。 あまり立ち入ったことを聞くのも失礼かもしれないと思い直したのだ。
「あの……あの、守屋さん」
「はい」
「学校、楽しい?」
「……はい」
 全く同じことを、先ほどメールの相手にも聞かれた気がする。
「そっか」
 何か言いたげな表情で唇を噛んだ万莉亜を見て、詩織は首をかしげた。
「……先輩?」
「あの、実はさ、私……私も結構門限破りの常習犯って言うか…… 前の寮長さんには毎日怒られたりしてて。だから守屋さんから見た私が、つまり……う、 うざったい先輩だって事は良く分かってるんだけどね」
「いえ、私そんなこと……!」
 いいの、と言って強く首を振った万莉亜に言葉を遮られる。
「つまり問題は門限じゃないの。それはどうでもいいの。いや、どうでもよくはないんだけど、 でも中学時代の友達の家に泊まりたいとか、恋人と一緒にいたいとか、何でもいいから私……分かってたいの。理由が 分からないと、心配だから」
「…………」
「だから教えて欲しいの。どうしていつもここにいるのか」
「……理由」
「ルームメイトが嫌い?」
 不安げな瞳を揺らせてこちらを覗き込む万莉亜を見て、詩織は戸惑った。
「いえ、嫌いって言うほど、親しくないですから……」
「…………」
「……息が詰まるんです」
「え」
「二人きりだと、透明人間になりにくいから」
 詩織の言葉に、今度は万莉亜が戸惑う。
 そんな相手をどこか労わるように詩織は微笑み、握っている携帯電話に視線を落とした。
――何言ってるんだろう……私……
 きっと、変な子だと思われる。
 いや、もうとっくにそう思われているに違いない。そんなことは、どうだっていいけれど。
「透明人間になりたいの? どうして?」
 適当に流されるはずだった台詞に、意外にも神妙な面持ちで問われ、詩織はほんの一瞬固まる。 けれどすぐに、相手が気遣いに長けたお人好しの先輩であることを思い出し、混乱に陥りかけた自分を 納得させた。
 それからすぐに、むくむくと湧いてくる好奇心から携帯電話を開いてみせる。
 万莉亜は事情も分からぬままに促されるままその小さなディスプレイに視線を落とした。
「友達なんかじゃ、ないんです。全然知らない人とメールしてるんです」
「……え」
 相手の表情が微かに強張る。
 まるで傷口を見せ付けているようだと詩織は感じた。
 見せ付けて、同情を得ようとしているわけでも、ましてや憐れんで欲しいわけでもなかったが、 ただ興味があった。このお人好しな先輩が、腐った傷口を前にして一体どんな慰めの言葉をかけてくれるのか。 それが知りたかった。悪趣味だとは、あまり思わなかった。
「……に、人間やめるって、どういうこと?」
 一部始終を洗いざらい説明して聞かせると、黙っていた相手は警戒心を漂わせた低い声でそう尋ねる。
「さぁ……それを知りたくてメールしてたんですけど、何だか埒が明かなくて」
「やめなよそんなの! 怪しいよっ!」
「……でも、メールするだけだし」
「絶対良くないよ! そういうのからストーカーとか、と、とにかく何か事件になることだってあるんだし、やめたほうがいいよ。 やめようよ守屋さん……!」
 今にも詩織から携帯電話を取り上げかねない勢いで噛み付く万莉亜に、詩織は満足した。
 ある程度予想したとおりの相手のリアクションに、湧いてきた好奇心は満たされたのだ。
「……分かりました。そうですよね。私ももううんざりしてたし……やめようかな」
「うん、絶対そうした方がいいよ」
「はい。そうします」
「約束だよ? お願いね」
 念を押すように強い眼差しで視線を合わせると、詩織は微笑んで頷いた。
 それからしばらく他愛の無い雑談を交わし、門限前には二人で寮に帰った。
 部屋に帰るとすでにアルバイトを終えた蛍がベッドの上でくつろいでいたが、万莉亜は 挨拶も忘れて玄関先に座り込み、パーカーのポケットから携帯電話を取り出す。
「……何してんの?」
 険しい顔つきで携帯電話と睨めっこしているルームメイトを不審に思い近寄ってきた蛍が 隣にしゃがみこむ。
「ちょっと……探し物」
「は?」
「あ、あった……これだ」
 詩織が説明の際にさりげなく漏らした掲示板のサイト名を、帰り際ぶつぶつと心の中で 呟いていたおかげで、目当ての場所にあっさりとたどり着くことが出来た。
「何コレ……」
「自殺願望のある人が集まる場所」
「……へぇ」
「これだ」
 該当の書き込みに記載されていたメールアドレスに目を通して思わず呟く。 蛍に怪訝な面持ちで見守られる中、万莉亜はそのアドレスにメールを送信した。
「……で、何で?」
 一連の作業を終え、待ってましたとばかりに蛍にそう尋ねられると、万莉亜は 少し困った顔でその答えを模索した。

 残念なことに、自分との約束を、詩織は守らないかもしれない。
 そう疑っている。多分、それが答えだ。



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