人形であったあの頃は

素直じゃなかったあの頃は

気持ちを伝える術を知らず

気持ちを伝えることに抵抗をもち

人として生きようとした今は

素直になろうとした今は

気持ちを伝えることに苦しむ

昔のわだかまりに縛られる

私の…

私の…

私の気持ちは…
私の気持ちは…






かけがえのないあなたへ




拾壱話 かけがえのないあなたたちへ ―前編―









 気持ちのいいくらいの優しい日差しの中、三人の少女が対峙していた。
 とは言っても険悪な雰囲気ではなく緊迫した雰囲気と言ったほうがいい。
 その三人とはアスカ、レイ、ユミ。
 アスカの指定した時間に来てはみたものの、三人の中に一向に会話はなかった。
(な、なんか妙な雰囲気よね…)
 聞き出してやるとは意気込んではみたが、いざ実行となると躊躇いが出る。
 呼び出した本人がこれでは埒があかないだろう。
 アスカの調子にじれったさを感じたのか、レイが動きを見せる。
「あなたは碇君とどういう関係なの?」
 朝に泣いていた人物とは思えないほど言葉には力を感じられる。
 アスカに刺激され、奮起したといったところか。
 じっと見つめる眼差しは昔の彼女を彷彿とさせた。
 その瞳の前に今までならたじろいでいただろう、ユミは思う。
 人類の英雄としての先入観が先走り、崇高な存在として認識する。
 だが、それは違うとシンジを経て感じた。
 彼を追う目はどこにでもいる少女で、思いは甘く切ない。
 自分と変わらない。
 何も変わらないのだ。
 物怖じする必要なんかどこにもない。
「私はシンジさんと一緒に住んでいます」
「……!」
 ぴくっと体を揺らし、外から見て取れるほど動揺を表す。
 一瞬驚きに目を見開くが、すぐさま元の表情に戻った。
 ユミの発言は間違ってはいないが、的確ともいえない。
 それとも、意図的に勘違いを誘うように言ったのか。
「とは言っても、シンジさんはお父さんの経営するお店に住み込みでバイトをしているだけです」
 笑いながら言い直す。
 出遅れ、さらに硬直していたアスカがようやくこの頃に再起動をはじめた。
 レイに先を越されしまったという思いは遠くに押しやる。
「あんたねぇ、からかうんじゃないわよ」
「事実を言っただけです」
「はぁ…分かったわよ、それはいいとしてレイの質問に答えてないじゃない」
 ため息混じりに答えを求めるが、一緒に住んでいるということを『それはいいとして』と言っていいものだろうか。
 それは自分が以前一緒に住んでいたということからの余裕か。
 今のシンジを知らなくてもアスカは昔のシンジを知っている。
 逆にユミは今のシンジを知ってはいるが、昔のシンジは知らない。
 状況だけみたら互角といえるだろう。
 ただしそれは少し前のこと。
 今のユミはシンジの昔も知っていた。
 ゆえに、分は彼女のほうにある。
「私とシンジさんの関係ですか? …そう言われてもまだ特別な関係じゃありません」
 その発言にアスカの顔が緩む。
 親密な仲なら諦めの気持ちが出たかもしれないが、ただの同居人と分かったなら遠慮する必要はない。
 尤も彼女にはそう簡単に諦めるということはないだろうが。
(やっぱり思ったとおりだわ)
 自然と心の中で思う言葉にも覇気が加わる。
「でも、」
「……?」
「私はあの人の恋人になりたいと…いえ、なってみせます」
 淀みなく響く声は目の前の二人にたいしての宣言。
 瞳には一片の陰りもない。
 なんて強い娘なのだろう、二人は共に思い息を呑む。
 ひたむきで素直、そして自信に満ち溢れているユミの姿は同姓でも見惚れるほどに輝いている。
「言ってくれるじゃないの。そう思わない、レイ?」
「…そうね」
 互いに柔らかな笑みを浮かべる。
 だからこそ、倒しがいがあるというものだ。
 自分たちよりも思い人のことを知るであろうユミ。
 その人物をライバルとして迎えるなら充分だ。
 持ち前の負けん気がむくむくと鎌首をもたげる。
「そう言うお二人こそシンジさんとどういう関係なんですか?」
「知ってるんじゃないの?」
「知っています。だけど、私はお二人の口から聞きたいんです」
 風になびく髪の毛を押さえながらアスカとレイを見つめる。
 所詮情報は情報に過ぎない。
 必ずしもそれが正しいとは言い切れないだろう。
 シンジの視点から得たものがアスカとレイの意見と一致しているとは限らないのだ。
「…元同居人でエヴァのパイロットの仲間。」
「…同じチルドレン……」
 ユミがシンジのことを知っていると知ってのことか、エヴァに関わっていることを口にする。
 そこまで言って二人ははっと気づいた。
 自分たちが思っているほどシンジとのつながりが深くないことに。
 一緒に住んでいたとはいえ、アスカはシンジに対して好意を見せていない。
 むしろ後になればなるほど悪意を見せている、それも自分勝手な理由で。
 そんな少女に対して好意など抱けようものか。
 レイに至ってはほとんど接点がない。
 同じチルドレンということを除けばトウジ達以上につながりは薄いと言える。
 改めて少女たちは希薄な関係を実感した。
 普通ならここで落ち込みユミを喜ばせる結果となるのだが、残念ながら二人とも逆境には強い。
「い、今まではそうだったけどこれからもっと親密な仲になってみせるわよ!」
「そうなるのはあなたじゃないわ…わたしのほう」
「ちょ、ちょっとレイ」
「あなたじゃ碇君にふさわしくはないわ。すぐに手をあげるもの」
「何よ、あんたなんか無口だからシンジが一緒に居たってつまらないと思うはずよ」
「…どうしてそう言うこと言うの?」
「あんたが言いはじめたんじゃない!」
 ギャ―ギャ―と喚く様子はチームワークがあるのかないのか分からない。
 それ以前にその自信はどこから来るものか。
 ユミはそっちのけで言い合う二人を見てクスッと笑った。
「な〜に笑ってるのよ?」
 訝しげな視線をアスカが送る。
 睨むといったほうが適切か。
「いえ、お二人の自信はどこから来るのかと思って」
「自信ねぇ……」
 アスカが何かを言おうと口を開くが、隣から出てきた手がその口を遮る。
「むぐっ!?」
「自信なんかないわ…」
 抵抗する少女をうしろに押しのけ、まったく気にしないままレイは淡々と語りだす。
「でも、希望的観測くらいはもちたいもの。自信をもたない行動にあなたは魅力を感じる?」
「いいえ」
「だから私は自分の思いだけはしっかりしておきたい。それが叶わぬものでも」
 シリアスなことを語るレイだが、その一方でアスカは押さえられていた手を押しのけ、ようやく話し出す。
「邪魔すんじゃないわよ、まったく…私が言いたいことも同じ様なものよ。そう簡単に諦められるような思いならこんなに悩まないわ。それにそうとでも思ってなければやってられないわよ」
 またしても出鼻を挫かれたアスカがさらに補足する。
 揺ぎ無い瞳を目の前にしてユミは改めて理解した。
 こんな二人だからシンジは惹かれたのだと。
「シンジさんがお二人を好きになったのが分かるような気がします」
「好き…? シンジが私たちのことを?」
「はい。アスカ先輩は初恋の人で綾波先輩は気になる人だって言っていました」
 ユミの発言にしばし呆然とするが、意味をようやく理解するとアスカの顔が緩みだした。
「私がシンジの初恋の相手…」
 だらしないといった表現がぴったり合うくらいに顔が緩んでいる。
 嫌いといわれたことなど頭の片隅に追いやられていることだろう。
 だが、気に食わないの思いがあるのはレイだ。
 初恋の人と気になる人では差がある。
 不満で顔が満たされるが、ふと何かを閃いた。
「初恋は実らないと昔から言われているわ」
 嬉しさで惚けているアスカにニヤリと笑いながら言い放つ。
 硬直するアスカ。
 固まったようになっている首をギギッと動かしながら問題発言をする人物に笑いかけた。
 もちろん目は笑っていない。
「何を言っているのかな〜」
「初恋は一時的な気の迷い…だから次の気になる存在が本当の恋になるの。そしてそれは私」
「それはそれは都合のいい解釈ねレイ」
「あなたの惚けぶりには負けるわ」
 あははと笑いながら対峙する二人を目の前にユミは引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
 ほんとうに仲がいいのか悪いのか分かったものではない。
 しかし、ユミは更なる暴言を吐く。
「ただし、だったと過去形でシンジさんは言ってましたけどね」
「「え?」」
 先ほどまでのいい争いが嘘のようになくなり、同時に振り向く。
 そしてしだいに笑顔が引きつっていった。
「やっぱり今のシンジさんに一番近いのは私ですね」
((言ってくれるわね、この子……))
 二人の直感がユミを強敵だと認識する。
 何の直感だと聞かれれば乙女の直感だと答えておこう。
 言葉が紡げない様子を確認するとユミはさらに続ける。
「もう聞きたいことはないんですか?」
 それはこれ以上話すことはないという風にも聞こえた。
 聞きたい情報は知ることができ、もう充分だろう。
 あと一つを残して。
「シンジと一緒に住んでいるって言ったわよね?」
「はい」
「その場所を教えて。」
「…どうして知りたいんですか?」
「会って話をしたいからに決まってるじゃないの」
「…………」
 当たり前とも言える言葉だがそれゆえにユミは悩んでしまった。
 教えていいものかと。
 会わせたくないという思いもあるがそれはフェアな方法ではない。
 それ以上にシンジが会いたがっているとは思えなかったのだ。
 暖かい風がその悩みの前に今は邪魔に感じる。
「会ってどうするというんですか?」
「だから話を…」
「シンジさんはお二人とはもう話すことはないと言っていました。これ以上何を話そうというのですか?」
「それは…」
 何をだろう?
 一瞬考え込んでしまう。
 話すことは決まっているが、シンジに『今更』で済まされてしまうような気がした。
「あなたはそれで納得できるの?」
「何がですか?」
「一方的に話すことはないと言われてそれで納得してしまうの?」
「…………」
 戸惑うアスカに代わりレイが話す。
 そして彼女が言うことは尤もだった。
 自分なら間違いなく納得できないだろう、そう思う。
 レイの視線はユミを捕らえて放さない。
「そうですね、私なら納得できません」
「なら私たちの気持ちも分かるでしょう?」
「…はい」
 空気が少し和らぐ。
 結局自分は会わせたくなかったのかもしれない。
 シンジの言ったことを理由にそれを引き合いに出して。
 最後に全てを決めるのはシンジなのだ。
 それなら全ては彼に委ねよう。
「リニアを経由して第二新東京市に入り、数分ほど歩けばアメシストという喫茶店があります。そこに行けばシンジさんに会うことができます」
「そう…ありがとう」
 先ほどまでと違った柔和な笑みをレイは浮かべた。
 普段自分が知るレイとは違う表情に胸がドキッとする。
 人気が出るわけだとその理由がわかったような気がした。
「いつまでそうしているの? 行きましょうアスカ」
 階下へ下がるためにレイが踵を返す。
 ぼうっと見ていたアスカが慌てて彼女の後を追った。
 なんだかおいしいところばかりもっていかれてるなぁとじっとレイを見つめる。
 その視線に気づいたのか不思議な顔をした。
「何?」
「なんでもないわよ。さっさと行きましょう!」
 レイの背中をぽんと押して階段を一気に駆け下りる。
 合わせる様にスカートが空中にひるがえった。
 やっぱりよく分からないといった顔をしたレイだが、意気揚揚とかけていく少女を見て後を追う。
 そこにはいつもの彼女の姿があった。
 一方ユミは力が抜けたように地面へと座り込んでいた。
「き、緊張した〜〜」
 先ほどまでの様子とはかけ離れ、いつものユミがそこにいる。
 平静を装っていたが限界を迎えたようだ。
 なにせあの2人が相手とあっては緊張もするだろう。
 強気な発言ができただけでも奇跡的だったと言える。
 目に見えない威圧感というのだろうか、そんなものをひしひしと感じていたのだ。
 それを前に平然としていたシンジのことを改めてすごいと思う。
 尤も昔のシンジはたじたじだったのだが。
 これから起こりえることを考え、ユミは彼の無事を祈っていた。








あとがきというなの戯言

O:もう一つおまけの100000記念作品だ〜
S:今回は注目の三人娘だけですね。
O:うむ、きみの出番はまったくないな。
  しかし、次はたくさん出るけどね。
S:いよいよ最終回?
O:今度で最終回だ。
  今回で終わらせてもいいんだけど、長かったから前後編に分けさせてもらった。
  最後はこういう感じのほうがなんかいい。
S:ぼ、僕はどうなるんだろう…楽しみだなぁ。
O:いっそユミの親友に手を出して袋叩きなんか…
S:いやだぁ〜〜
O:「ミカちゃん…本当は君のことが気になって仕方がなかったんだ」
  「そんなシンジさん!ユミちゃんに悪いです…」
  「ユミちゃんには悪いけど、僕はこの気持ちを押さえられないんだ!」
  「シンジさん…」
  「ミカちゃん…」
S:なんで書いてるんだよ!
O:面白いかなって(爆)
Y:ほほう……
O:ビクッ!!(恐る恐る振り返る)
  ユ、ユミちゃん…
Y:面白いことしてますね?
O:シ、シンジ君がこんなのどうってもちかけて…
S:嘘だぁ〜
Y:シンジさんがそんなことするわけありません。
  この期に及んで罪を転嫁するなんて救う価値ないですね。
O:ま、待って…
Y:問答無用です♪
  ゴスッ!メキッ!ボキッ!グチャ!
O:$#%&@^¥〜〜!?%&*〜〜〜

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