何でそんな顔しているの?
僕は可笑しなこと言った?
気に障ったなら謝るよ。
ただ事実を言っただけなんだけどね。
かけがえのないあなたへ
第肆話 罪と少年―後編―
ある人はその姿に驚き、ある人はその言動に驚く。
そして全員が突きつけられる言葉に怯む。
2年間の間に自分たちが知る少年は変わってしまった。
いや、この言い方は不適切だ。
人は誰しも変わっていく。
それが自分たちの想像よりも大きかっただけのこと。
大人たちは少年のことを知っているつもりでいた。
ただし…それは思い込みに他ならなかったのだ。
瞳に映るシンジから発せられる威圧感はとてつもなく大きい。
ころころ変わる様子に戸惑いが隠せず、心が落ち着かない。
今はこの場の雰囲気を変えるきっかけがほしかった。
喧騒もなく静まりかえる空間。
冷たい視線でシンジは周りを見渡しながら、ゆっくりとプレッシャーを解放した。
「なぁんてこと思っているんですが当たってます?」
手を下ろして腰へと当てる。
少しの間待つが一向に返事はなかった。
ため息を吐きながら頭を落とす。
「反応薄いね…それとも図星だから言葉も出ないってやつかな。別に責めている訳じゃないんだけどなぁ」
考える素振りをしながらう〜んと唸る。
周りから見れば責めているとしか思えない言動だが、シンジにとってはそうでもないらしい。
「やっぱり心当たりがあるから何もいえない…うん、そうだよね」
勝手に納得し、自己完結を終える。
周りは身勝手さに翻弄されっぱなしだ。
(大人は終わりだから…次はアスカと綾波の番だね)
胸につかえていたものが取れたような爽快感が心を支配している。
ひどくすっきりした感じだった。
同時に何か不快な感じもあったが。
「次はアスカの番だよ」
「え……」
笑顔を向けてくるシンジにどぎまぎしながらも、心の不安は隠せない。
『次はアスカの番』
それは自分が責められる番だという宣告。
思い当たることがある分、とても怖かった。
「言いたいことはいっぱいあるけど…何から言おうかな?責めるようなことはあまりないんだよね。アスカもネルフの被害者だったわけだし」
少なくても敵意がないことに安堵の表情を浮かべる。
シンジもまた表情は優しい。
「だから別なことを聞くよ。……アスカは僕に何を求めていたの?」
「えっ……?」
「友達? 家族? エヴァのパイロット?」
浴びせられる質問の意図が分からず、首をかしげる。
「シンジは家族だったし…エヴァのパイロットで…ええと」
慌てて返答をしようとするが言葉がまとまらない。
その様子に苦笑しながらシンジは優しく声をかける。
「そんなに慌てて答えなくてもいいよ、まとめてから話して」
「う、うん」
あまりにも大人びているシンジに自然と態度が大人しくなってしまう。
2年前とはまるで違うその雰囲気にも。
まとう雰囲気はどこまでも優しく、そして壁を感じる。
それが今の自分との距離のように思えてしまう。
落ち着きのなかった思考を抑え、改めてシンジの問いに対する答えを見つける。
「私にとってシンジはライバルだった。エヴァのエースの座を奪い取る存在…だから敵意をもっていた。一緒に住むようになってからは家族のように思えるようになったわ」
一言一言噛み締めるように紡ぐ。
思い出すのは懐かしい日々。
「だけど、シンクロ率で抜かれるようになってからは憎い対象でしかなかった。あの時は自分にはエヴァしかないと思っていたから…結局私はシンジに、自分にとって都合のいい男を求めていたんだと思う」
今だからこそ言える本当の気持ち。
それはシンジの予想したものだった。
彼には全て分かっていたが、それをアスカ自身から聞きたかったのだ。
「時には父親を、兄をってやつだね。頼ってもらえるのは嬉しいけど、当時14歳の僕にそれを求めても困るだけって気づけなかった? 求めるならその対象は加持さんにするべきだったんだよ」
「…………」
アスカは答えることができない。
何を言っても今更なのだから。
ただ俯いて耐えるしかできない。
「それに僕の気持ちも分からなかった? 理由も分からずにただ罵詈雑言を浴びせられる僕の気持ちが。家族だと思っていた人にそんな仕打ちをされなければならない気持ちが」
自分を責め立てる言葉一つ一つが痛い。
逃げ出したくなる気持ちを必死で押さえ込むしかできなかった。
今の自分の立場があの時のシンジの立場だということがようやく理解できる。
僅かでも好意を抱いている人物に責められることが、これほど辛いとは思っても見なかった。
悲しみに押しつぶされ涙がこぼれそうになる。
「綾波…君は僕に何を望んでいたの?」
アスカの様子からこれ以上の会話が無理だと判断し、次の相手に切り替える。
突然の指名にレイは体を強張らせる。
懐かしい声が自分を呼ぶ嬉しさと、これから来るであろう詰問に対して複雑な感情がいり混じっていた。
「わ、私は…」
声が震え、言葉がまとまらない。
質問に対する答えが見つからず、それがまた焦りを募らせる。
俯くレイを見ながらシンジは代わりに口を開く。
「答えられないなら僕が思っていることを言うよ。意地悪な質問だけど答えは『何も求めていなかった』じゃないかな。綾波にとって僕は、碇司令の息子というだけだからね」
それは思っているというよりは明確な答えのように聞こえた。
「もしくは、僕に対して父さんを重ねていたんじゃないの? 『碇司令との間にあるためのもう一つの絆』のためとかね。本当にそうだったら酷だよ…僕は綾波のことが好きだったから」
寂しげな笑顔を浮かべる。
ひどく大人びていて、そして何かを悟ってしまっているような。
レイは心が浮き立つような感じを一瞬覚えた。
シンジの口から自分のことが好きだということが聞けたから。
ただしそれは一瞬。
『好きだ』ではなく『好きだった』
過去形なのだから。
今のシンジにとってはその対象にはなっていない事実を示していた。
否定の言葉を発しようにも言葉を探し出すことができない。
それにはまだ彼女の心は幼すぎた。
レイの様子に僅かにシンジの心が痛む。
それでも彼は止まらない。
「…言いたいことはこれだけ。まぁ、ただの愚痴だと思ってください。どうせもう終わったことなんだし」
さらに静まりかえる空間。
大人たちにとってはまだ心の整理がつかない。
あっさりと終わったことと割り切るシンジとは違って。
「う〜ん…結局何が言いたかったかというと…」
首をかしげながら思考をめぐらせる。
今日は責めるためにわざわざ来たわけではない。
他に言いたいことがあったからだ。
「みんなはさ、僕に罪悪感を持っているから戻ってきてほしいんですよ。エヴァに乗せたとか子供を戦わせたとかいう罪悪感を。その罪を軽くしたいから僕に何かをしたいんですよね」
「それは…!」
「違うとでも言いたいんですか?」
真っ先に否定しようとするミサトの言葉を斬り捨てる。
シンジの声はどこまでも冷たい。
「違わないですよ。僕は同情心でそんなことをしてもらいたくないんです。あなたたちの都合で振り回されるのはもう御免ですから」
胸をえぐるような言葉。
それは未だに誰もが捕らえられていることだった。
「誰か一人でも僕の存在を望んでくれればそれで良かったんです。だけど…一人もいませんでしたよ」
言葉は本人を含めた全員を責める。
周りを見渡しながらシンジはまた言葉を続けた。
「どうして分かるっていう顔をしていますね。僕は全ての人の望みを叶えてあげました。その時にみんなの心に触れたんですよ」
サードインパクトの依代となった人物により構成されたこの世界。
依代たるシンジが望んだものはみんなの幸せ。
そのためにシンジは他人の心に触れたのだ。
アスカがキョウコを望んだ、ゲンドウがユイを望んだ、レイが人であることを望んだ・・・というようにその人の望みをかなえた。
だが、その対象にシンジはいなかった。
「あなたたちは聖人君子ではありません。時には間違いも起こします。僕に対する罪悪感を持つ必要もありません。あなたちにもあの時は余裕がなかったのだから。はっきりと言えなかった僕にも責任はあるんです」
体にまとわりついた緊張感が一気に解ける。
それはシンジが心を解放した証でもあった。
「だから…もういいんです」
静かに扉へ向けて歩き出す。
心に思う気持ちとは別に。
これ以上ここにいれば何をしてしまうか分からなかった。
「待って…シンジ…」
自分から遠くへと行ってしまう息子に何かを感じ、ユイは駆け寄る。
納得できない自分の気持ちを優先したものの結果か。
「しつこいよ…母さん」
ここに来た時のように自分へと向かう母親に拒絶の言葉を放つ。
しかし、ユイが止まることはなかった。
ユイに失望した様子を見せながらシンジはゆっくりと手を振るった。
振るわれる手を追うように赤い軌跡が地面を走る。
ガリッ!
抉るような音と共に目の前に亀裂ができる。
それはみるみる奈落の底を作り出した。
広く、深いまるでシンジの心を表したかのような傷痕を。
「ATフィールド……」
誰かが呟く。
瞬間、強烈なプレッシャーがあたりを覆う。
視線が集まるはシンジ。
彼の瞳は紅く、深紅の光を放っていた。
「これは僕の心の壁…あなたたちとの壁です」
振るった手を下ろしながら冷たい視線を向ける。
シンジは自分の中で何かが弾けたような気がした。
閉じ込められていた思いが一気に解き放たれる。
「これ以上僕にかまわないでください…あまりしつこいとこれ以上何をするか分かりませんよ」
再び手をかざし目の前の扉を切り刻む。
甲高い音を立てながらみるみるガラクタへと姿をかえていった。
「先ほどはああ言ったけど、僕はあなたたちを憎んでいます。勝手かもしれませんが、自分たちの都合ばかり考えていて助けてくれなかったあなたたちを許せないんです」
目の前で振りかざされる力。
その場にいるものはそれに恐怖し、そして少年の憎悪にまた恐怖する。
シンジはただ冷酷に見つめるだけ。
「だから僕の望みを言います。それは…」
最後の一線。
ネルフとの決別の時を少年は自らの言葉で行った。
「もう二度と僕に関わらないでください」
それを最後にシンジはその場から消えた。
残されるは壊れた扉と傷跡。
そして無力に打ちひしがれた大人たち。
助けるつもりだった少年に新たな傷を負わせ、また罪悪感を募らせる。
だが、その手段は少年自身によって閉ざされた。
過ちはまた…繰り返す。
あとがきというなの戯言
O:40000HITだよ〜。
S:ああ〜すごい展開に…
O:これでもそうとう優しく言ってるよ。
この作品がダーク全開なやつだったらもっと言えるのに…!
S:だからそれ言うの僕じゃないか・・・
R:…………
A:…………
O:おお、いたのか!
R:……
A:……
O:おお〜い(顔の前で手を振る)
反応ないや…そんなにショックだったのかな?
S:そりゃねぇ…
O:つまらんからこれからの展開をちょっと。
まずオリキャラを登場させる。バイト先のマスターとその娘さん。
R:……(ぴく)
A:……(ぴく)
O:シンジはそこに住んでいて、娘さんから好意をもたれている。
展開としてはLRSにするつもりだけど、その娘とくっつく可能性もまたあり。
S:ちょっとうれしいかも…
R:死んで…(ガスッ!)
A:死あるのみ。(ゴッ!)
O:NO!
S:僕は関係な〜い!
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