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 ヴァイオレット奇譚「Chapter17・"惑いの七尾女子学園"」



 午後十一時。
 しつこいと分かっていても、もう一度彼女の携帯にかけてみる。
――万莉亜……
 何度呼び出しても、彼女が応答することはない。
 こんな事は、前にもあった。
 祖母のお見舞いに行くと言ったきり、翌日の夜まで戻らなかった万莉亜。 心配で、警察に連絡した方がいいと何度も訴えたが、寮長である羽沢梨佳は取り合ってもくれなかった。
 どうせすぐに戻る。
 根拠もないのに自信有り気にそういう彼女に、蛍は煮え切らないまま頷く。 反論を許さない梨佳の冷たい瞳は、後輩を怯えさせるには十分すぎるほどの迫力があった。
――でも……
 今回は違う。
 繋がらない携帯を切って部屋を飛び出すと、蛍は下にある三年生の階へと急いだ。
 寮長は本日付で交代している。誰になったのかは知らないが、前寮長の厳しさと融通の利かなさに比べたら、誰だって菩薩のように 思えるに違いない。きっと、万莉亜を心配してくれる。

「……駒井さん?」 

 ポニーテールを盛大に揺らし、二段飛ばしで階段を駆け下りていた蛍を、誰かが上から呼び止める。
 煩わしく思いながらも振り返れば、不思議そうに首を傾げている逢坂千歳の姿が見えた。
「ああ、逢坂さん」
 ソワソワと返事をする蛍に、千歳は声をかけたのを後悔したのか一瞬すまなそうに口を開きかけたが、 すぐさま続けられた言葉に眉根を寄せる。
「ねぇ、新しい寮長誰か知らない?」
「……え?」
「新しい寮長!」
 責められるように質問されて戸惑う。
「ご、ごめんなさい……分からない」
 なぜか謝ってそう返すと、蛍は一回頷いてからポニーテールを翻した。
「あ、あの、摩央に聞いてきてあげようか?」
「いい! 急いでるから自分で探す!」
 背中で返事をしながら蛍が下の階へと消えていく。
――……どうしたんだろう
 ぽかんとしながら去っていく後姿を眺める。
 あんまり仲良くはないが、遠目から見る駒井蛍はいつも冷静で、慌てたりはしゃいだりとは 無縁のイメージだった。その彼女が、階段を大股で駆け下りていく。初めて見る姿だ。 きっと何かあったに違いない。
――新しい寮長……聞いてきてあげようかな……
 余計なお世話かもしれないが、情報通の摩央ならきっと知っているに違いない。
 そう考えて、小走りで自室へと向かう。
 めずらしくデートの約束もなく早々とベッドで眠りについていた摩央の背中を叩き、 鈍い声を上げた相手を揺すって起こす。
「摩央、新しい寮長って知ってる?」
「……それが何よ……」
「羽沢先輩が寮長辞めたでしょ」
「……うーん……」
「新しい人誰?」
「……あ」
「…………え?」
「新しい寮長は……名塚……万莉亜……」
 言葉を失った千歳がそのままの姿勢で固まる。
 万莉亜が寮長?
 二年生の万莉亜が?
 そんな馬鹿なことがあるわけない。
 一体誰が、どんな選考基準でそれを決めたというのか。それに万莉亜は 門限破りで有名だ。摩央と一緒になってしょっちゅう梨佳に怒られていた万莉亜が、この寮の管理責任者?
「それ、誰に聞いたの?」
「……ッもう! うるさいなぁ!」
 怒鳴りながら摩央が上半身を起こす。
「誰にって、覚えてないわよそんなの。今日の放課後クラスの子に聞いたの。それだけ!」
 言い切って再び横になろうとする摩央の肩を掴む。
「そんなわけないじゃない。だって万莉亜は二年生だよ? おかしいじゃない」
 真っ直ぐに相手の顔を見てそう言うと、摩央がほんの少し不思議そうな顔で首を傾げる。 まるで、初めてその不可解な事実に気付いたような、おかしな顔で。
「……言われてみれば、変ね。なんでだろう……」
「おかしいよ」
 疑問に思わなかった自分にショックを受けているのか、摩央が黙り込む。 一方の千歳は、何かを確信したように勢いよく立ち上がり、ドアに向かう。
「ちょっと。どこ行くの?」
「駒井さんに教えてあげなきゃ」
「……蛍に?」
 小さく頷いて千歳が部屋を飛び出す。
――……おかしい
 けれど、そう気付けたことは千歳にとって大きな一歩だった。
 多分何も知らなければ摩央と同じように自分もその事実をすんなりと受け入れてた。 疑問に思うことも無く、そういうものだと思考が停止していたはずだ。
 でも今は違う。
 疑問に思った時点で、自分は惑わしの空間から一歩足を踏み出した。
――万莉亜が寮長になったのは、恐らく”彼ら”の意思……
 だから、生徒達は疑問を抱くことすら許されない。
 この学園は、見えない力にコントロールされている。惑わされ続けている。 見えているのに、誰もその存在を気にしないあの五階と同じように。
「……あ」
 急いで階段を降りると、すぐに蛍の姿を見つけた。
 彼女は肩を落とし、愕然とした表情のまま廊下から窓の外を見つめている。
――……三年生から聞いたんだ
 万莉亜が寮長になったことを。
「駒井さん!」
 そう呼んで駆け寄ると、ゆっくりと蛍が振り返った。
「駒井さん、摩央に聞いたんだけど、寮長は……」
「知ってる」
 静かに答えて蛍が再び視線を窓の外に移す。 何と声をかけていいのか分からずに千歳は押し黙った。 彼女もまた、洗脳されてしまったのだろうか。だとしたら、ここで疑問を抱かせていいものか。 迷いに迷って足元を見つめていると、ポツリと蛍が零す。
「……マイクの仕業よ」
「え?」
 言葉の意味が分からずに顔を上げれば、蛍は厳しい目つきで 窓の向こうに見える新校舎を睨みつけていた。まさかと思いながらも、おそるおそる 千歳が口を開く。
「駒井さん……知ってるの?」
 そう問えば、蛍も一瞬驚いたようにして目を見開き、それからゆっくりと頷いた。
「信じてないけど……でも、万莉亜が寮長に選ばれるなんてもっと馬鹿げてる」
「そうね……」
「それを疑問に思わないみんなも変よ」
「…………」
 自分と蛍の共通点は、その存在を知っていることだ。
 だから、疑問が浮かぶ。納得が出来ない。
「……万莉亜が帰ってこないの。携帯も……繋がらない……」
 悔しそうに呟かれた言葉に、千歳は驚いて声を上げる。
「前にもあったの。その時はちゃんと帰ってきたんだけど……でも、その時も あいつらが絡んでた」
「…………」
「……私行ってみる」
「ええ? あ、ちょっと……駒井さん!」
 言うが早いか駆け出した蛍を千歳が追う。 彼女が向かっている先は聞かなくても分かった。二人はそのまま 真っ直ぐに新校舎へ向かい、階段を駆け上がる。
「何も……無いね」
 肩で息をしながら千歳が呟くと、蛍も戸惑いながら頷いた。
 新校舎の四階に、万莉亜の言う螺旋階段は見当たらなかった。
「外から見れば……五階建てなのに……」
 言いながら千歳が廊下をくまなくチェックする。歪みの中にいることはとても奇妙な感覚だったが、 四階だけを見ればそこはとても真っ当な校舎内の風景でしかない。何もおかしいところはない。
「万莉亜……」
 不安そうな声で蛍が呼びかける。
 千歳はそれにならい、同じように万莉亜の名前を呼んだ。
「万莉亜! 居るの!? 万莉亜!」
 気が付けば二人は深夜の校舎で叫んでいた。でも、返事はない。 二人の声が、廊下にむなしく反響し、やがて消えていく。
 その時、突然鳴り出した携帯電話に蛍が驚いて体をびくつかせた。
「ご、ごめん……」
 一緒にいる千歳にそう謝ってからポケットに入れたままのそれを取り出し、 ディスプレイに表示された名前を見て驚愕する。
「万莉亜だ!」
 思わずそう叫ぶと、千歳も驚いて蛍に駆け寄る。
「も、もしもし? まっ……」
『お前は?』
 こちらの言葉を遮って返ってきた声は低い男の声だった。
 蛍は眉をひそめて千歳に視線を送る。漏れてきた声を拾って聞いた千歳もまた 混乱を顔に浮かべていた。
「……どうしてあなたがその携帯を持ってるの……あなた誰なの」
 落ち着いて、慎重に言葉をつむぐ。それでも、 威嚇するような相手の声色に、ただ事ではないと気付いていた。
『マグナを返して欲しかったら、アレと交換だとクレアに伝えろ』
「……え?」
 言葉の意味が全く理解できずにそう返すと、相手は煩わしそうに舌打ちをした。
『いいから、それをクレアに伝えろ』
「待って! クレアって誰なの!?」
『学園内にいるはずだ。お前が探せ』
「そんな……待って! 万莉……ッ……!」
 友人の名前を呼ぼうとした蛍の口を、突然当てられた手の平が封じる。 隣では、千歳が小さな悲鳴を上げていた。
「かして」
 人差し指を唇の前に立てたまま、ぽかんとした蛍の手から携帯電話をすり抜き、すぐさま電源を切ってしまう。 突然現れたその青年の動作を、二人の少女は固まったまま見つめた。
「あ、あなた……誰……」  
 震える声で蛍が尋ねる。
 誰も居なかったはずなのに、前触れも無くその場に現れた金髪の青年は、その言葉を聞き流して 二人に視線を向けた。バイオレットの瞳で見つめられて、千歳が身震いをする。
「君たちはこのまま寮に帰って。それから、この電話は捨てたほうがいい」
 言われた蛍が驚いて自分の携帯電話を見下ろす。
「あ、あなたが……マイク……?」
 顔を上げ、間違えて覚えてしまった名前でそう問えば、目の前の青年はきょとんとして首を傾げた。
 その動作があまりにも人間じみていて、蛍は戸惑う。彼は万莉亜から説明を聞いたとおり、美しい青年だった。 でも、本当にただそれだけの青年だった。見る限り人種は違うけれども、それ以上に変わった所など見受けられない。
 ただ、暗闇の中で奇妙に光る紫の瞳は、恐ろしいほどに透き通っていて、それを見ていると妙に落ち着かない気分にさせられる。
「……人違いだよ」
 そう言って青年が踵を返す。
 何を考えているのか、何もない壁に向かって歩き出す彼を呆然と蛍が見つめる。
「待って!」
 硬直している自分の横で、千歳が声を上げる。彼女はそのまま走り出すと、 彼のシャツを引っ張って振り向かせた。
「万莉亜はどこなの? 答えなさいっ!」
 勢いよくそう命令してくる小さな少女に少し面食らったクレアが彼女を見下ろす。 自分のシャツを掴む両手は震えているけれど、眼差しには強い意志が感じられた。
「知っているんでしょう!? 万莉亜を返してよ!」
 毅然と立ち向かう少女に一瞬躊躇した後、クレアは震える彼女の両手をそっと包む。 それに驚いた千歳が飛び跳ねるように一歩後退すると、解放された青年は二人の少女に微笑んでから また何もない壁に向かって歩き出した。やがてその壁の一歩手前でふと立ち止まると、 何かを思い出したようにして少女達に振り返り、口を開く。
「……君たち、いつ頃から万莉亜がいなくなったか知ってる?」
 その突然の質問に戸惑った千歳が蛍に振り返る。
「わ、分からない……万莉亜は、一回も部屋に帰ってきてないから……」
 ルームメイトの蛍が戸惑いながらも答えれば、思わず千歳が声を漏らす。
「……噂が広がる前よ……」
 そう呟いてから確信したようにクレアを見上げる。
「だから誰も疑問を持たなかったのよ! だってその場に万莉亜がいたら、絶対おかしいって大騒ぎするはずだわ」
 興奮しているのか、その不親切な千歳の説明にクレアが眉根を寄せる。
「寮長の交代の話!」
 それを感じた彼女がそう付け加えると、「ああ」と小さく言葉を漏らして頷いた。
 梨佳がしばらく新館に寝泊りする事になったので、気を利かせたルイスがそれを提案し、 承諾したクレアが適当な生徒を捕まえて噂を広めるようにと命じたのは確か放課後だった。
「……放課後、万莉亜はもう教室にいなかったのよ。摩央がクラスの子にその噂を聞いたのが放課後だもの」
 彼の心の考えに同調するようにして千歳が答える。
「そっか。ありがとう」
 万莉亜が授業に全て出席していたことはすでに確認が取れているから、 彼女は一度も部屋に戻る事無く、その噂を耳にすることも無く、授業が終わってすぐに姿を消した事になる。 もう少し遅い時間であって欲しいと願っていたクレアは、落胆を隠しながら二人の少女に向かって微笑んだ。
「大丈夫。万莉亜はすぐに帰ってくるよ」
 そう言い残し、ぽかんとしている生徒を残して壁をすり抜ける。
 人間が壁に消えるという異常な光景に、残された二人は同時に悲鳴を上げたが、それを一瞥することも無く クレアは階段を駆け上がった。

 万莉亜が居ない事に気が付いたのはほんの一時間前。
 てっきり寮から抜け出したのかと思ったが、そうでも無さそうだ。
――……最悪で六時間……
 舌打ちしてフロアに立つ。思っていたよりも、事態は深刻だ。

「クレア!」

 待ち構えていたルイスが駆け寄る。
「誰だったんです? あの騒がしい生徒達は」
「万莉亜の友達」
 それだけ伝えるとクレアはため息を零し、額に手を当てた。
「万莉亜は居なくなったんじゃない。捕まったんだ」
 そう呟けば、ルイスは驚愕の表情で固まる。彼もまた、事態を楽観的に捉えていた。
 今は何よりも梨佳を守らなければならない。危険に晒されているのは梨佳であって、そして、梨佳が標的にされているうちは 万莉亜は普段よりも安全圏にいる。そう考えていた彼はなおさら、突然のショックに言葉を失った。
「まさか……」
「今すぐ出るぞ。時間が無い」
 言いながら彼は早足で自室へ向かい、ベッドの脇にある小さな棚から小型の銃を手に取るとそれを上着の懐にしまい、 ありったけの弾をポケットに詰め込む。
「じ、時間が無いとは、どういうことですかクレア!」
「いいから早くしろ」
 追ってきたルイスに短くそう告げると、彼はその足で今度はフロアにある梨佳の部屋へと急ぐ。
 そしてそのまま乱暴にドアを開けると、窓際で紅茶を楽しんでいた梨佳を見つけて歩き出した。 その不穏な空気に、同じ部屋で護衛をしていたシリルとハンリエットも呆然と彼を眺める。
 クレアはそのまま梨佳に歩み寄ると、懐にしまった銃を取ってそれを梨佳の頭に突きつけた。
「クレアッ!」
 シリルが悲鳴を上げる。
「時間が無い。全部吐け」
 端的にそう告げると、梨佳はとくに表情を変えず、真っ直ぐにクレアを見上げる。
「何のこと」
 あくまで冷静に梨佳がそう答えた瞬間、部屋には銃声が轟き、弾は梨佳の足元数センチ横の床に穴を開けた。
「次は外さない」
 冷たくそう言い放てば、衝撃に唇を振るわせる梨佳が悔しそうにこちらを睨みつけた。
「お前が万莉亜を売ったのは分かってる」
 確証は無かったが、あるフリをして言わなければ彼女は決して口を割らない。 それを知っていたから、賭けに出た。けれど、本当のところを言ってしまえば、 万莉亜が消えたのが放課後だと判明した瞬間、答えは出ていた。マグナが複数いる場合、こういった事はしばしば起こる。 邪魔な相手を敵側に売り渡すのだ。
 あの時、相手を誘うようにして香水もつけずにフロアから脱走した梨佳の「散歩をしていた」なんてくだらない理由を 一瞬でも信じた自分を呪いながら引き金に力を込めれば、相手は諦めたように息を吐く。
「……そうするしかないじゃない……」
 彼女が肯定した瞬間、座っていたハンリエットが勢いよく立ち上がり、梨佳の襟元を掴む。
「あんたっ、万莉亜を売ったの!?」
「じゃあどうしっていうの!? あの子が身代わりになってくれないと私は一生あいつらに付け狙われるのよ!」
 むきになって怒鳴り返す梨佳の言葉を聞いたクレアは、彼女に向けていた銃を懐に戻し、何かを思案するように 手の平で口元を覆う。
「……万莉亜を、自分の身代わりにしたのか?」
「そうよ……だからなんだっていうの」
「…………」
 先ほどの電話では、相手側は攫った万莉亜を「マグナ」と称した。
 もしそれが、彼女を梨佳だと思い込んでの言動だとしたら。
「……ルイス、梨佳を車に乗せろ」
 自分の後ろで呆然と突っ立っていた彼にそう命令し、ハンリエットとシリルにも視線を送る。 三人の従者は少し戸惑った後、それぞれ顔を見合わせてから梨佳の両腕を掴んだ。
 一方の梨佳は、予想だにしない事態に驚いて目を見開く。
「ど、どういうこと……クレアッ!」
「君の真似をするだけさ」
 素っ気無く返すと彼は一足先にその部屋を出る。
 驚きと、恐怖と、絶望を瞳に浮かべた梨佳がどんなに叫んでも振り返ることはしない。
「ざまぁみろ」
 腕を掴んでいるハンリエットが、嬉しそうに耳元でそう囁いても、絶望している梨佳には届かない。

 
「暢気に探し回ってる時間は無いんだ」
 花壇のコスモスを眺めながらクレアが問えば、花は風に揺られることをやめて 一斉に彼を見上げる。
「教えてくれないかな」
『何も聞こえない。何も見えない』
「花壇ごと潰そうか」
『…………』
「……頼む。僕はあなたみたいに鼻が利かないんだ」
 悔しそうに目を伏せれば、花たちはそんな彼を楽しむかようにクスクスと笑い声を上げた。 が、苛立ったクレアに銃口を向けられ一斉に口をつぐむ。
『兄弟を食らうクレア・ランスキー』
「…………」
『今夜もヒューゴ・ロスを食らう』
「…………」
『ここより東の赤い箱で、ヒューゴを食らう』
「……東?」
『食らうつもりが、食われて終わる』
「ありがとう。それ以上聞きたくない」
『…………』
 
「クレア」
 車の用意を終えたルイスが彼の元へと駆け寄る。
「あの……本当に、梨佳さんを?」
 疑うようにして顔を覗きこまれてクレアは苦笑した。そんな馬鹿なことを、しかねないと思われているのだろうか。
「梨佳を引き渡したりしないよ。そんなこと、何の意味も無い」
 その言葉にルイスがほっと胸を撫で下ろす。
「でも梨佳は必要になるかもしれない」
「……と、いうと?」
「僕があちらへ出向く口実が必要だ」
 可能性としてはいくつかあった。
 万莉亜が羽沢梨佳であると誤解を受けたままの場合。その誤解が解けて、単なる人違いに気付かれた場合。 それから、すでに万莉亜自身がもう一人のマグナであると判明している場合。 その中間の過程であった場合、単なる少女でしかない万莉亜をクレアがわざわざ出向いて救出するには、それなりの理由が必要だった。
「でも、どうだろう……さすがにそこまで間抜けじゃないだろうな」
 先ほどの電話の内容からでは、彼らが今どの段階にいるのかがよく分からない。落胆しながら、クレアが俯く。
 もし万莉亜がマグナであると知られてしまったら、彼女の人生はそこで終わりだ。一生、彼らに追い回される。
「……急ぎましょう。気付かれないうちに、万莉亜さんと取り戻さないと」
 肩を落とす主人を気遣いながらルイスが呟く。それに力なく微笑んでからクレアは車へ歩き出した。

――『食らうつもりが、食われて終わる』
 花たちの占いが、どうか外れますようにと祈る。
 そして強く祈ってから堪えきれないため息を零す。
 あの花は、真実しか口走らないと知っているから。
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