求めない結託 〜第二章:応諾〜


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「ホォー。そりゃまた大層な話だな」

 酷く神妙な面持ちのキッドに、コナンは仕方なく話の先を促した。
経緯を最後まで聞き終わると、コナンは拾い上げた宝石をしばらく黙って見つめる。

「――で?」

 声と共に顔を上げると、そのまま真っ直ぐキッドの方に目を向けた。

「あっさり宝石返す代わりに犯人見つけ出せってか?」

 コナンはそう言って深くため息をつくと、肩をすくめてキッドを呆れ見る。

「随分と安い依頼料だな」

「……ならそれ以外に何があるんだよ。ただじゃ引き受けねーだろ」

「『自首する』か『刑務所行きを拒まない』ってのが最上じゃねーのかよ?」

 しかめ面で言うコナンをキッドは慎重そうに見た。

「…………その方が確実っつーんなら、少しは考慮する」

「は?」

 返されたキッドの返答に、コナンは間の抜けた声を出す。

「おいお前――」

「なあ名探偵! それが金でも良いから、何か条件あるんならなるべく沿う!
 それを最優先にとは言わねーから、手を貸すくらいしてくれねーか?」

 柄にもなく、自身の顔の前で両手を合わせて懇願する怪盗に、
コナンは困ったように眉を寄せると、頭をかいた。

「待てよ。それ以前に、当事者の中森警部は警察関係者だろ?
 何も俺に頼まなくたって、中森警部自身が捜査するんじゃねーのかよ?」

「そりゃそうさ。警部自身も犯人捕まえるっつってるけど、
 自分の手で捕まえたいから仲間の手は借りない、って言い張ってんだよ。
 まだ風邪だって全く治ってないくせして、無茶言ってやがんの」

 そう言ってため息をもらすと、嘆かわしそうに両手を上げて首を振る。
その様子をしばらく黙って見ていたコナンだが、意味ありげに空を見上げた。

「それだけか?」

「何が?」

「オメーが俺に捜査を依頼する理由さ。風邪が完治していない中森警部が、
 一人で捜査するのは無理がある。特に、本来の職務もこなしながらなら尚更な。
 その辺りを補佐する役目で情報提供して欲しい、っつーのが理由なんだろ?
 それ以外にはねーのか? って訊いてんだよ」

 言われた言葉に、キッドはバツが悪そうにコナンから目を逸らした。

「……条件の一つかよ?」

「いや? ただの興味本位」

「ならノーコメント」

 返って来たコナンの答えに、キッドは即答する。
その言葉に反論すると思いきや、コナンは突然可笑しそうに笑い出した。
その理由が分からず、キッドは怪訝そうにコナンを見る。

「……なぁ。今の俺、結構深刻な話してんですけど?」

「ああ、それは分かってるよ。普段と比べて、余裕のない顔してるからな」

 そうは言うものの、面白そうに笑って言うのには変わりはない。
快斗の不満そうな表情を受けて、コナンは笑うのをやめると、息をついた。

「それで? 中森警部に脅迫状を送りつけてきた犯人を捕まえろってわけか?」

 緊張感なく笑っていたと思えば、次の瞬間にはガラリと表情を変える。
それでもまだ、どこか呑気さを持たせた口調で問いかけた。
その変化ぶりと問いかけに、キッドは若干戸惑いの色を見せる。

「……え? いや、ちょっと待て。
 そもそも、引き受けてくれんのか、そうでないのかどっちだよ?」

「やれっつーんならな。オメーの様子見てると、ふざけてるわけじゃなさそうだし、
 もし本当なら、ちょっとした事件だろ」

 キョトンとして言うコナンに、キッドは目を見開く。

「マジかよ!?」

「嘘言って何になるんだよ?」

 キッドの反応にコナンは眉をひそめてキッドを見た。
当の本人は、安堵した様子で息を吐き出して胸を撫で下ろす。

「サンキュー、名探偵。恩に着るぜ」

「……テメーに感謝されてもなぁ。嬉しかねーよ」

 そう言うと、いつになく素直に礼を言う怪盗を、コナンは気味悪そうに眺めた。

「それで? 条件とかは?」

 コナンの了承を得て、最初よりは肩の荷が下りたらしい。
どことなく表情が柔らかく感じられる。言葉にも軽さが戻ってきたようだ。
そんな様子で訊かれた言葉に、コナンは肩をすくめると同時に首を左右に振った。

「いや。とりあえず今は良いよ。犯人捕まえてから、何かあったら言うさ」

「へぇ、意外だな。――あ、でもちょっと待って」

「あん?」

「犯人捕まえるのはパスしてくれると、どっちかっつーと有難い」

「はぁ?」

 そのような言葉が返ってくるとはさすがに思っていない。
予想外の頼みに、コナンは目を瞬かせながらキッドを見てると、次第に顔をしかめる。

「……なぁ。普通、犯人捜しを頼むってのは、犯人捕まえるってことじゃねーのかよ?」

「ああ、まあ確かに……いや、何つーかな?」

 コナンに訊かれて、キッドはコナンから目を逸らして頭を掻いた。

「……何つーか、ホラ。今回はちょっとこっちで捕まえたいっつーか……。
 いや、警部が捕まえるんで構わねーんだけど、その……そこまでお前に頼りたくねーって言うか……」

 曖昧に言葉を濁すキッドに、コナンは盛大に吹き出した。
その様子に、キッドは引き攣った笑顔を浮かべながら、目はコナンを不満そうに睨む。

「何だよ? いつになく笑うじゃねえか」

 不平を唱えるキッドだが、コナンは謝ろうという意思はないらしい。
ようやく笑いを止めたはいいが、面白そうにキッドを眺めた。

「さっきと言い、似合わねーんだよ。その恰好でそういうこと言うのはな」

 この言葉にキッドは眉を上げたが、文句を言い返す前に電子音に遮られた。
聞こえてきたその音にキッドは慌てて携帯を取り出して、電話に出る。

「――もしもし!?」

『あ、坊ちゃまですか。寺井でございます』

「ああっ! んなもん最初から分かってんだよ! ――それで? 青子は?」

『今、手術が終わって病室へ行かれました。命に別状はないそうです。
 しばらくは絶対安静にしているように、と主治医の方が仰いましたがね』

「そっか……。サンキュー、ジイちゃ――あ? 悪ィ、ちょっと待……は?」

 電話の最中、コナンが自分の服を引っ張っているのに気付いて、
空いている片手で、謝る仕草で後にしてくれと伝える。

 しかし、コナンは無言で首を左右に振って、紙切れを持った右手をキッドの前に出した。
仕方なくキッドは不思議そうにそれを受け取るが、キッドに紙切れ一枚を手渡すと、
コナンはそのまま屋上から姿を消した。その行動に、キッドはますます目を丸くする。

『……坊ちゃま? どうかされましたか?』

「え? あ、ああ悪い。大したことじゃねーから。それで、今青子は?」

『はい。まだ薬が効いて眠られています。すぐ来られますか?』

「そう……だな」

 寺井に訊かれて、キッドは屋上と建物の下を見渡してコナンを探す。

(あれ……? あの探偵、事件の捜査引き受けるとか言っておきながら、
 詳しく聞かずに帰ったのか? ――って! まさか言うだけ言ってばっくれる気かよ!?)

 薄情者! と心で罵ってから、ふと思い出して先程渡された紙切れを開ける。
内容を読んでから、驚いて目を見開くも、すぐに寺井へ返答した。

「――あ、ジイちゃん? やっぱ今から戻るわ」



 青子が搬送された病院まで戻ってくると、快斗は開けていたドアから病院内へと侵入する。
細い廊下を抜けて広い通路へ出ると、そこに寺井が待っていた。

「お帰りなさいませ。如何でした?」

「いつもと変わんねーよ。でもまあ、警部はいなかったから――」

「いえ。そうではなく、『専門家に頼む』とおっしゃっていた件はどうなりました?」

「ああ、そっち」

 二人は話しながら、青子の病室へ向かっていた。
寺井の質問を受けて、快斗は今しがたコナンに渡された紙を寺井へ見せる。

「電話の最中、途中で黙り込んだだろ? その時に、そいつから渡されたやつ。
 本人はそれ渡して、後は黙って帰って行ったみてーだけどな」

 快斗の説明に、寺井は紙に書かれている文章に目を落とす。

≪立て込んでそうだし、詳しいことはまた訊くよ。彼女も心配なんだろ?
 まあ都合の良い時に、事務所かいなけりゃ博士の家にでも電話してきな。
 ――いちいち面倒だから、番号はそっちで電話帳調べろよ≫

 最後まで読んでから、寺井は複雑そうに首を傾げた。

「坊ちゃま? この方には普段の時に会われたのですか? それともキッドの時に?」

「それを渡されたのはキッドの時」

「……しかし、詳細を話すとなると、あの姿では日中は無理ですよ?
 たとえ夜にキッドの姿で会うとしても、予告状を出していない時に、
 誰か他の方へ姿を見られでもしたらどう転ぶが分かったものじゃありません!」

 不安そうに言う寺井に、快斗は考えるように上を向く。

「んー……。まあ、その理由は色々あんだけど、そこは大丈夫。
 予告状を出す時以外にキッドになるつもりはねーし、
 そいつに事情説明するにしても昼間がほとんどだろうからさ」

「……は? ですが、昼間会うとなると今のお姿で――」

「ま、そうなるかな」

 両手を頭の後ろで組みながら、平然と言う快斗とは逆に寺井の表情は青ざめる。

「坊ちゃま! 下手に正体を話してはいけません!
 仮にもその方は、キッドを捕まえようとしている相手だとおっしゃいませんでしたか?
 今回の件、坊ちゃまが相当心痛められているのは、寺井にも分かります!
 しかし、いくら専門家だからとおっしゃいましても、
 自分自身を捕まえようとしている相手に正体を話すのは、あまりにもリスクが多すぎます!
 それで、世間に怪盗キッドの正体が知れ渡ったらどうなさるおつもりですか!?」

「いや……んなオーバーに言わなくたって……」

 寺井の悲壮な形相と剣幕に、快斗は思わず苦笑いした。

「オーバーじゃありません! 軽はずみな行動は命取りになることはご存知でしょう!?」

「あ、あのなジイちゃん。そいつに言ったところで大して騒ぎに――」

「それは仮定の話に過ぎません! いくら、世間に話すなと頼み込み、
 相手がそれを了承しても、いつまで黙秘しているかは分からないんですよ?」

「確かにそうだろうけど、今の時点で事後報告だし、どうにもしようがねーって」

「……は?」

 苦笑いしたままで言った快斗の言葉に、寺井はしばらく驚いた様子で快斗を眺めた。
話の流れから言えば、『事後報告』とはキッドの正体についての可能性しか考えられない。

「――快斗坊ちゃま! まさかもう話されているのですか!?」

「……まあ」

「坊ちゃま!!」

「あ、いや! 怒るのも分かるけど、ちょっとタンマ! は、話聞いてくれって!」

 思いもかけないその事実に、ひどい剣幕で怒鳴る寺井を、快斗は慌てて手で制した。

「経緯、ちゃんと話すから!」



 快斗と寺井の二人は、病院内の各所に置かれていたソファを見つけ腰かけていた。
青子の件もあるため、相当手短にだが正体をバラした経緯を説明し始める。

「前に殺人疑惑かけられたことあったじゃん?」

「というと、偽の予告状が中森警部へ届いたというあの事件ですか?」

「そう。探偵の方が持ちかけてきたんだよ。もし俺がやってないって言うんなら、
 事件の真相解いてやるってな。ただし、俺が犯人だったらその場で警察に引き渡す、
 っつー、ご丁寧な条件付きで。まあ、それからだな。きっかけは色々あるけど、
 何度か殺人事件に問答無用で借り出されたことは少なくねえってわけだ」

「それが正体を世間に話さない条件だと?」

 真剣に訊く寺井の質問に、快斗は難しそうに眉を寄せると軽く上を向いた。

「……さーなぁ。それを確かめたわけじゃねーけど、多分違うかな。
 痛み分けっつー可能性もあるだろうけど、大半は向こうの信念なんじゃねーの?
 探偵の割に、部分部分が妙に堅気で頑固な奴だから。さっきのメモにしたってそうだろ」

 可笑しそうに笑いながら言って、快斗は寺井を見ると面白げにニヤッと笑った。



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