求めない結託 〜第一章:端緒〜


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 街には街灯が煌く夜の屋外。
遠方では警察のヘリの音が、静寂を壊すかのように鳴り響いている。
しかし、そんな喧騒を物ともせず、ホテルの屋上で沈黙を守り、
互いに睨みをきかせている少年探偵と怪盗の二人がいた。

 この二人がこうして会うのは初めてではない。
だが、その普段とはどこか様子が違っていた。
いつになく真面目くさった表情で少年探偵を見る怪盗に対して、
少年探偵は、自分の足元に転がった宝石と、怪盗を交互に怪訝そうに見つめた。

「やけに潔いじゃねーか」

 いつものように、感情を無くしたような口調で探偵は声をかけるが、
怪盗はそれに答える気配を一向に見せない。
それに肩をすくめると、探偵は宝石を拾い上げた。

「別に俺は何も言ってねーけどな。『宝石よこせ』なんて言葉は」

 ――そう。今探偵が拾い上げたその宝石は、
目の前の怪盗が探偵の足元へ転がしたものである。
犯行後、探偵と顔を合わせた途端、何も言わずに怪盗は自分から宝石を渡したのだ。
今までにないその行動に驚いて、思わず怪盗を見つめるが、本人は何も話さない。

「……おい、キッド。せめて何か言えよ、気味が悪い」

 怪盗と顔を突き合わせて二十分程度過ぎたが、
二人の間には一切の会話が成り立っていなかった。
さすがに業を煮やして、探偵が話を振る。
その言葉に、怪盗は一度目を瞑り、ゆっくり息を吐き出して探偵を見据えた。

「悪い。――頼みがある」



 ――快斗がキッドとして夜の街中に現れた日の夕方。
本来であれば、昼間青子と出かける約束をしていたのだが、
「ゴメン! お父さんが熱出しちゃったの!」と、青子から連絡が入り、
その予定がキャンセルされたため、快斗は仕方なく家で過ごすこととなった。

 犯行当日の昼間にゆっくり過ごすのも悪くないと、ソファに深く腰掛けて、
目的もなく、BGM代わりにテレビをつけてから新聞へ目を落とした。

「――……快斗!」

「……んあ?」

 肩を叩かれるのと、耳元で叫ばれた声で、自分が寝ていたことに気付く。
寝ぼけ眼で振り返ると、そこには子機を手にした自分の母親がいた。

「何?」

 明らかに頭が起きていないのは分かる。
欠伸をしながら気だるそうに言うと、千影は快斗に子機を手渡した。

「中森警部から。青子ちゃん来てないか? って」

「青子ォ?」

 本人談によれば、今日は一日父親の看病をする、と言っていたはずである。
それが、中森本人から、娘の所在を訊ねる電話がかかってくるのは妙なものだ。
首を傾げて、怪訝そうに母親から子機を受け取ると、快斗は電話口に出た。

「――もしもし。警部ですか? 快斗です」

『ああ、快斗君か。……スマンな、いきなり』

「いえ。それは構わないんですけど。大丈夫なんですか? 電話なんて……」

『……まあ何とかね』

 電話口から聞こえた中森の声で、中森が風邪を引いているのは分かった。
となれば、そこに青子がいないのはますます理解しがたい状況である。

「でも警部。青子がどうっておっしゃってたそうですけど……いないんですか?」

『いや、医療品が足りないと言って、近くのコンビニに出かけたんだが、
 一時間経っても帰って来ないんだよ。それで快斗君の所に行ってないかと』

「一時間?」

 中森の言葉に、快斗は眉をひそめた。
青子の家から近所のコンビにまでは、かかって往復で二十分。
レジに時間がかかっているとは言え、一時間はいくらなんでもかかりすぎている。
道に迷うというほど、行き慣れていないとも到底思えまい。

『……それでだね、快斗君。こんなことを頼んではと思うんだが、
 もし今から時間があるようなら、近くまで様子を見に行ってくれんかね?
 普段ならワシが見に行くところなんだが、どうにも体が動かなくてね……』

「ああ、はい」

 若干不審げに言うと、快斗はさらに顔をしかめた。

「……あの、警部。何か気になることでもあるんですか?」

『え?』

「ああ、いや……。僕の勘違いなら良いんです、すみません」

 ハハと小さく笑ってから、短く挨拶すると、快斗は電話を切った。
ため息混じりに、テーブルの上で子機を置くと、千影から声がかかる。

「青子ちゃんどうしたって?」

「近くのコンビニに行ってから、一時間経っても帰って来ないんだと」

「一時間? 確かに随分かかってるわね」

 そう言うと、千影は不思議そうに片手を頬に当てて首を傾げた。

「それに、何か警部も変だったぜ?」

「変?」

「ああ。なーんか、いつも以上に慎重っつーか、心配性つーか」

 肩をすくめてそう言ってから、快斗はソファの上で腕を伸ばした。

「まあちょっと見てくるわ。警部に頼まれたしな」

「そう。それじゃあ行ってらっしゃい」



 様子見に家を出た快斗は、両手を後頭部にやりながら、のんびり歩いていた。

(やっぱ、一時間帰ってこないだけで電話してきた上、
 俺に『見に行ってくれ』って頼むっつーのは、何か引っかかるんだよな。
 仮に電話してきたとしても、一体何処に行ったんだ? くらいで終わるもんだろ?
 それをわざわざ様子見に行くほど心配するってのは、何か別な理由が――)

 そこまで考えて、快斗はふと晴天の空を仰いで苦笑いする。

(……止めた。この専門は俺じゃねえ)



「――いらっしゃいませ」

 自動ドアが開くと同時に、レジから声をかけられる。
青子の家から近いコンビニに着いた快斗は、中へ入ると店内に青子の姿を捜した。
しかし、まばらに客はいるものの、青子の姿は見えない。
すれ違ったのかとも思ったが、念のためレジにいる従業員へ声をかけた。

「あのすみません。ちょっとお訊ねしたいんですけど、
 今から一時間位前に、セミロング位の女の子が医療品買いに来ませんでした?」

「は?」

 いきなりそう訊かれて、驚かない人間もそういないだろう。
不審者でも見るような視線に苦笑いしながら、快斗は簡単に経緯を説明した。

「ああ……その女の子なら、四十分位前に帰ったと思うけど?」

「四十分前ですか?」

「うん。冷却シートとか喉飴とかゼリー飲料とか、色々まとめて買ってたからね。よく覚えてるよ」

「四十分……」

 本来であれば、自宅に着いていなければおかしな時間である。
父親が熱で倒れている際に、寄り道をすることもないだろう。
まして青子の場合、足りない医療関連品を買いに来たのだ。まっすぐ帰るに違いない。
快斗は店員へ礼を言ってからコンビニを後にして、急ぎ足で青子の家へと向かう。
途中、思い出して青子の携帯へ電話をかけるが、すぐに留守番センターへ繋がる。

(あーくそっ! 何でこんな時に出ねーんだよ!)

 乱暴に通話ボタンを切って、携帯をポケットへとしまう。
それから五分ほど走った辺りで、快斗はピタリと足を止めた。
閑静な住宅街の一角に、人が倒れている。倒れた人物の近くにはコンビニの袋。
そこから、いくつかの商品が道路へ散在しているのが遠目に見てもすぐに分かった。

「――っ青子!」

 散在している医療品と、倒れている人物の背格好から、
それが誰だか見当がついて、快斗は慌てて駆け寄った。
抱き起こして名を呼んでみても返答はない。その様子にとりあえず救急車を呼ぶ。
その後で、少し悩んだ結果、警察へ電話してから中森へと電話をかけた。



「――快斗君!」

「あ、警部……大丈夫ですか?」

 連絡をもらってすぐに向かったのだろう。寝間着の上から上着を羽織った中森が小走りにやって来た。
現場検証を行っている刑事たちから視線を外して、快斗は中森へ声をかける。

「この際そうも言っとられんだろう。それで、今青子は?」

「ええ。近くの病院へ搬送されました。警部が電話でこちらに来られるとおっしゃってたので、
 付き添いの方は母親に連絡しておきましたけど……」

「容態は……」

「いやそれが……まだ何とも言えないと」

「そうか……」

 心配そうに呟く中森に、快斗は何か言いかけて口をつぐんだ。

「あの警部? もし病院行かれるようでしたら、ジイちゃんに迎え頼みましょうか?
 もうすぐ一通りの現場検証は終わるらしいですし、その体では辛いでしょう?」

「……そうだね。頼めるかな?」

 それから十分ほどで、快斗は警察から解放された。
後は寺井の車が来るのを待つだけとなったのだが、
車を待っている間、中森が重苦しそうに口を開いた。

「……実はね、快斗君。昨日の晩、ワシの家に脅迫状が届いとるんだ」

「脅迫状?」

 不思議そうに訊き返した快斗に、中森はゆっくり頷いた。

「まあ、警察なんてやっているとね……色々と恨みを買うことはあるんだよ」

「ということは、差出人は、昔警部が逮捕された犯人ですか?」

 訊ねる快斗に、中森は目をつむって首を左右に振った。

「可能性は高いだろうが、絶対とは言えないね。差出人名はなかったよ」

「……内容はお訊きしても?」

「見るかね?」

 快斗の言葉を予測していたかのように、中森は上着の内ポケットから
白い封筒を取り出して、快斗へと渡す。
それを受け取った快斗は、既に口が開いている封筒の中から、手紙を取り出す。
そのまま中身を見るが、長々読むこともなく、一目見て内容を読みきった。

 それはまるで、サスペンスドラマに出てくる物のように、
定規を使って書いたように、いびつな文字が並んでいた。
さも死をイメージさせるが如く、真っ赤な色でたった一言――

≪ カコ ノ オンケイ イマ カエサン  シンペン キヲツケタシ ≫



 それから間もなくして、二人の前に寺井の車が停車した。
途中、寝間着を着替えるために中森の家に寄ってから、青子が搬送された病院へと向かうと、
手術室の前のソファに腰掛けている千影と合流した。目の前の手術室には煌々と赤いランプが点灯している。
中森は千影と目が合うと、軽く頭を下げた。

「わざわざすみません」

「いえ、とんでもない。それより警部さんの方は具合は大丈夫ですか?」

「ええ、まあ……」

 言葉を濁して、中森は苦笑いする。実際のところ、体調は良くはないのだろう。

「あの、ところで娘の方は……」

「怪我の方は大したことなかったそうですけど、出血が多くてまだ何とも言えないと」

 息を吐き出しながら肩をすくめる千影に、中森は心配そうに『手術中』のランプを見つめた。



 快斗達が病院へ到着してから一時間ほどが経過した。
快斗は腕時計へ目を落としてため息をつく。依然として、手術は続いたままだ。
本人にバレないように、チラリと中森へ目をやって、中森の注意が手術室に集中しているのを確かめると、
快斗は静かに寺井の元まで行き、小声で話しかけた。

「なあジイちゃん。悪いけどここ頼むわ。
 手術終わったり、アイツの意識が戻ったら連絡してくれ。なるべく早く向かうから」

 その言葉に寺井は無言で頷くが、その後で心配そうに付け加える。

「しかし快斗坊ちゃま……宜しいのですか?
 いくら以前からの予定とは言え、このような日くらい、お休みになられては……」

「世間一般からしてみりゃ、向こうはこっちの事情なんて知んねーからな。
 それに、俺の正体疑ってる奴には、こういう時に予定キャンセルしちまえば、
 それ確定する絶好の機会になっちまうじゃねーか」

「それはそうですが……」

 快斗の本心としては、このまま青子の容態を見守って傍にいたいに違いない。
そんな心情を分かっているからこそ、寺井はどうも煮え切らないようだ。

「……それに、多分心のどっかでもう一つ理由もあるんだよ」

 困ったような安心したような複雑な表情で笑うと、快斗は不意に天井を見上げた。

「そう、多分……」

 自分の言った言葉を反芻する快斗に、寺井は首を傾げる。

「理由、ですか?」

「俺はこういうことにはプロじゃねーから。でも、やっぱり犯人は捕まえてーからな。
 仕事ついでにちょっと真面目に頼んでみようかと思ってさ」

「誰に何をです?」

 ますますしかめ面になる寺井に、快斗は小さく微笑んだ。

「その道の専門家に。今回の青子の件をな」



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