快斗の口から出た言葉に、コナンは難しそうな表情で首をひねった。
おそらくは違うだろうが、それしか答えが思いつかない。
「……俺のことか?」
「はは。まさか」
コナンの問いかけに快斗は笑い出しながら即答で返す。
「『融通が利かない』ってのは否定しねーけど、争い事には長けてんだろ。
えーっと……確か会ったことあるはずだぜ?」
その言葉に不思議そうに自分を見上げるコナンに、快斗は意外そうに言う。
「白馬だよ、白馬探。嫌味でフェミニストの気障な奴。烏丸蓮夜の事件で会ったろ?」
「テメーにだけは言われたくねー言葉だな」
「同じく」
面白げに言うコナンに対して、快斗はニヤリと笑って返す。
言われて、コナンは快斗を睨むが、本人は素知らぬ顔でそっぽを向いた。
「……でも良いのかよ? 白馬探ってオメーを捕まえようとしてる探偵だろ?
そんな奴と実際に知り合いなら正体バレるんじゃねーのか?」
「俺じゃなくてキッドな。ま、バレるも何も、向こうはキッドの正体確信してるぜ?」
内容とは裏腹に快斗は余裕綽々な笑みを浮かべた。その反応に、コナンは不思議そうに首を傾げる。
「おい、だったら事情話して協力頼めば良いじゃねーか。
争い事に長けてないって言うんなら、病院の警護の方は何なら俺が――」
「無理」
コナンの言葉を遮って即答すると、快斗はゆっくり首を左右に振る。
「向こうは確信してっけど、俺が『キッドだ』って認めてねーんだぜ?
キッド以外で接点ねーのに、オメーと知り合いなのは不審すぎんだろ」
「なら諦めるしかねーな」
「諦――! おい! こっちがわざわざ相談してんだぜ!?」
コナンの言葉に快斗は即座に反論するが、逆に冷たい視線で睨まれた。
「バーロ、人のアドバイス蹴ったのはそっちじゃねーか。
大体、両方諦めろとは言ってねーよ!
警備に重きを置くんなら事実話すしかねーっつってんだよ」
「無ー理ーだーね! 現場に本人引っ張ってでも正体暴こうって人間だぜ?
向こうは証拠待ってるだけなのに、下手にバラしてみろ。速効捕まえに来るっての!
それに父親が警視総監の奴に話す方がバカだろうが!」
「ならキッドの時の仲間に頼んだらどうなんだよ? 腕利きなんだろ?」
「……いやぁ、警備頼むにはちょっと厳しいんじゃねーかな?」
今も前も探偵の意見を批判したいわけではない。だが、決して若くはない寺井に、
殺人犯からの警備を任せるのは酷だろうと、快斗は苦笑いしてそう返した。
「あ、そうそう。頼まれてたやつな」
話の途中で思い出したらしく、四角い紙切れを取り出すと、そのままコナンへと渡した。
「コピー取ろうかとも思ったんだけど、時間なかったからな。それ現物」
「はぁっ!?」
あっさり言われた言葉に、コナンは声を上げながら手元の紙切れを凝視する。
その後で、快斗の方を振り向くとしかめ面で快斗を見上げた。
「おいおい。俺がコピーで良いっつったのは、この事件の当事者が中森警部な上、
その娘まで狙われたからなんだぞ? 今現物持ってきたりなんかしたら――」
「『本人が確かめようとした時、犯行予告状が手元になけりゃ不審がるじゃねーか』だろ?」
平然として言葉を引き継ぐと、快斗は片手をヒラヒラと陽気に振った。
「大丈夫、大丈夫! 警部今熱でぶっ倒れて病院で寝込んでんだぜ?
意識戻っても予告状見る元気ねーよ! ――ま、そうでなくともスるのは楽だったけどな」
「すっ――! ちょ、ちょっと待て!
これ、本人から渡されたんじゃなく、盗って来たのかよ!?」
「盗ったんじゃねーよ、借りてきただけ」
「本人の許可取ってねーなら、同じだろうが!」
しれっとして言葉を訂正する快斗をコナンは即座に一喝すると、蔑んだ目を向けた。
「……オイ。日常生活にまでコソ泥の常習犯持って来る気なら、
その状態だとしても警察に引き出すぞ?」
「ホォー……。良いぜ? 出来るもんなら――」
コナンの言葉に軽い口調で返事を返しかけた快斗だが、次の瞬間に行動が止まる。
「『ふざけんな』って何度言わせりゃ気が済むんだよ?」
声を荒げるでもなければ、穏やかな物言いでもない。
しかし、威圧するような口調とその無表情な顔つきを見れば、探偵の怒り具合は一目瞭然である。
それを読み取って行動を止めたが効果を成さない。ただひたすらに、凍りつくような冷徹な視線が投げられる。
それから想像される言葉の見当は容易に考えついた。
こういった雰囲気に慣れているせいか、この手の探偵の行動パターンが最も読みやすい。
「おい。テメー、俺が今の状態のお前を捕まえない理由分かってんのか?」
「は……? え……いや……まあ、大まかには一応」
先程と変わらない視線で睨みつけてはいるが、それならそれで罵声が浴びせられないのは妙なものだ。
おまけに探偵の質問に対して、本人から答えを言われたこともないのだから、
明確な答えを当人に求めるのもおかしな話である。
明らかに今訊く質問じゃねーだろと怪訝に探偵を見つめるが、やはり表情は変わらない。
「――行動選ばせてやるよ。刑務所行きが嫌なら、捜査役は降りる。どっちか選びな」
無感情に言われて、快斗は一時思考を巡らせた。
(……第三の選択肢に倣って『選べない』で♪ 何つったらさすがに殺されるよな)
苦笑いして冗談交じりの答えを打ち消すが、そうかと言って既に人手不足の現状で、
頼みの綱である事件専門の探偵に捜査を降りられては、事態は悪化するしかあるまい。
「…………分かった。その辺は後でまとめて譲歩すっから、今は離脱とか言うなって。
警部もぶっ倒れて人手不足な上、こっちはこの手の事件は専門外だぜ?
だからこそ盗った宝石潔く返して、オメーに事件の依頼したんじゃねーか。
見返り云々は事件解決した時にでも、まとめて要求してくれりゃ何とかするし、
それじゃ無理なわけ? ……そりゃ『刑務所行け』タイプは無理だけどさ」
「確証もねーのにか? そのパターンじゃ後で何とでも言えんだろ」
変わらず無感情に続けられたコナンの言葉に、快斗は眉を上げた。
「……なら最初から引き受けなかったら良かったんじゃねーのかよ?
普段がこうなのは、何度か会ってんだしある程度は分かってるもんだろ?
どうであれ依頼受けたくせに、今更ゴチャゴチャ言い出して、どうしたいわけ。
つーかいくら本来は敵対相手にしたって、もう少し融通利かせても良いだろうが!」
あまりにも横柄な探偵の態度に快斗は思わず言い返す。
この反応に意外にも探偵は冷静で、快斗の言葉を聞いた後ゆっくりと視線を逸らした。
「融通が利かないって、随分待たせた相手によく言えるよな、オメー」
そう言われ、快斗はハッとしてコナンを見た。
「……悪い」
「テメーが素直に謝る方が気味悪いな」
「…………どういう意味?」
「――それで? 中森警部が倒れたって以外に何もなかったのかよ?
それと、昨日オメーが俺に話したことが事件の全容か?」
「進展は特に。良いも悪いも進展らしい進展はねーよ。
ただ昨日話したのが事件の全容かっつわれると微妙だな。でも俺には確認無理だぜ?」
快斗の言葉にコナンは不思議そうに首を傾けた。
「ホラ。事件のあらましは昨日話した通りだけど、脅迫状が送られてきた件と、
今回の轢き逃げ事件の関連性があるかは分かんねーじゃん。こっちは俺の専門外」
「ああ……今回の轢き逃げ事件が単なる事故の可能性があるってことか。
一応それを確かめる方法ならないこともねーけど?」
「マジかよ!?」
コナンの言葉に驚きと期待を込めて勢いよく振り返った快斗だが、
自分を見るコナンの表情は、まだ冷たさが残っていた。
「依頼人は依頼人だからな。教えてはやるよ。ただし二度も似たような口叩きやがったら、
問答無用で警察連れてってやる。それへの文句はなしだぜ?」
その翌日。快斗は中森の自宅付近に来ていた。とりあえず、監視や警護は母親と寺井に任せてやってきたのだ。
昨日コナンから、今回の件と脅迫状の件の関連を確かめる方法を聞いたのは良いが、
「やり口がまるでコソ泥みてーなもんだから、テメーにはぴったりだろ」と、
事実関連を確かめる方法は自分に任せられた。その際、警備はどうするのかと問うてみても
「三十分もありゃ充分じゃねえか」と一蹴されるばかりである。
(つーか、コソ泥じゃねえっつーんだよ。
大体! 家の長から鍵借りて来てんのに、なーにが泥棒だっての!)
そもそも自分は泥棒でなく怪盗なんだよ! と毒づきながら、中森の家の門扉を開ける。
その足で、郵便ポストを覗くが中には何もない。
(……あれ?)
予想外の出来事に、快斗は首をひねりつつも、中森から渡された鍵で玄関の扉を開ける。
娘である青子に引き連れられ、子供の頃から今に至るまで、何度も出入りしたことのある家だ。
間取りや、何処に何があるのか程度は当然頭に入っている。
「お邪魔しまーす」
誰もいないのは分かっているが、小声でそう言ってから靴を脱いで中へと上がりこむ。
そのままリビングへ向かうと、出入り口付近に置いてある電話を確かめる。
「お。こっちは予想通りか」
玄関の鍵を閉めながら、快斗は不意にため息をもらした。
(探偵君の発言から言えば、しねー方が良いとは思うけどな。
でも警部が動けねーなら仕方ねーわけで……。
今もそうだけど、探偵に依頼した時点で自分の首絞まってんだよな。
てか何でわざわざ危ない橋渡ってんの? 俺)
現状を知れば、融通の利かない探偵が見せる反応は先に予告していた通りであろう。
自分が置かれている状況を思うとおのずとため息がもれる。
(まあ言っててもしゃーねーか。今はとりあえず――)
閑散とした街中の一角にある一本の道路。そこではつい先日交通事故があった場所でもある。
まだ残っている現場検証の跡を眺めてから、コナンは腰を上げる。同時に辺りを見渡すと小さく息を吐き出した。
(さすがに何も残ってねーが……)
まずは右を、次に左を向いて現場付近の景観を確かめる。その際、遠目に車がこちらへ向かっているのが見えた。
それ以外は、一軒家が立ち並ぶ一般の住宅街の道路を何ら変わりない。――特別見晴らしが悪いとも言い難いのだ。
(妙は妙だな……)
そう思って息をつくと、虚空を見上げた。
(こんな状況なら、事故で済ますか普通……?)
少なくとも快斗から「警察が事故と処理した」とは聞いていない。
しかし、わざわざ自分の宿敵に頭を下げる形で事件解明の依頼をしているのだ。
警察が既にこの件を事件として扱っているのなら、何も頭を下げてまで依頼する必要もないだろう。
それを考えると、警察はこの件を事故と処理し、捜査を終えている可能性が高い。
(それに一番不審なのは――)
再度腰を下ろそうとしたコナンだが、その行動を止めて前を見据えた。
自分の背後を通り過ぎたばかりの車が前方に停まっている。しかし、停まった割には誰も出てくる気配もない。
不審に思って、その車に近寄りかけた直後に携帯が鳴った。
(……誰だ?)
携帯のディスプレイに映しだされた電話番号に見覚えはあるが、未登録の番号である。
「……もしもし?」
『何? その胡散臭そうな口調』
聞こえてきた声に、思わずコナンは行動を停止させた。
『もしもーし?』
「おい、ちょっと待て。お前誰に訊いた?」
『西の探偵?』
「はぁっ!?」
『何つってな♪ ウソウソ。むしろ知らねーって。つーか、覚えてねー方が意外だな。
ホラ、いつだったか船の事件があったじゃん?』
「船のって……」
返す言葉に詰まるが、記憶にないのではない。
園子に招待された船旅で偶然にもキッドの犯行現場に居合わせることになった。
おまけに、船内でお互いに顔も合わせている。偶然船内で発砲事件が起こった際、
あるきっかけから、携帯で話すことがあったのだ。当然、その時に互いの携帯番号は認知している。
それを思えば、快斗が自分の携帯番号を知っているのに何の違和感もないのだが――。
「あの事件があったのって夏じゃねーか。履歴でも残ってんのかよ?」
『まさか。つーか、そこまで寂しい携帯じゃねえっての。
ただ覚えてただけ。――自信あるんだぜ? 記憶力』
「……自信あるのは記憶力だけじゃねーだろ。ナルシスト野郎」
『何とでも♪』
毒づくコナンだが、快斗は爽やかに返した。
『――それで? わざわざ電話してきた分、さぞかし急用なんだろうな。言ってみろよ』
「……ハードル上げないでくれます?」
凄んだコナンの物言いに、先程とは違って電話口で苦笑いする。
「ホラ。オメーが昨日言ってたろ? 事故か事件かの確認方法。その報告」
『ああ、あれか。確かに結果は訊きたいところだが……』
快斗の言葉に、一旦は視線を外していた道路へ視線を動かす。
直前まであったはずの車は、もう何処かへ行ってしまったようである。それを確認して、コナンは関心を携帯へ戻す。
『お前今何処にいる?』
「は? いや、何処ってそりゃ、警部の家の前だろ」
『なら、その近辺で地元民に知られてないような場所ねーか?』
「……無茶すぎやしねえ?」
地元に通じてない地元民もそういまい。
コナンの質問に呆れて返したものの、念のため可能性を探す。
「――あ、でも待てよ? あのさ、探偵君。
地元民に知られてるけど、今日は地元民来ねー場所なんてどう?」
ほぼそのまま。楽と言うのか物足りないと言うのか。
前章では今は無きご対面原案のネタを引っ張って来て、この章では誘いネタを使用。
誘いで携帯会話シーンを作ろうと決めた時点から、悩んでいた電話番号の行方。
まあ、今後探怪を書くにあたって、必要性に応じて携帯の会話シーンを書くことはあれど、
恐らく雑談用途でしようすることはないでしょう。少なくとも次作予定ネタじゃ、使用シーンは今のところない。
ついでにこの5章。本上げしてないとは言え、展開が全く違う本編データがあります。
協力者を登場させるパターンと、登場させないパターン。本編は後者を選んでおります。
当時のあとがきによれば、物語の進行上、現時点で協力者が登場すると話が動かしづらい、
という理由から、登場なし版が採用されたそうな。今思うとこれで良かったかもしれない。