求めない結託 〜第七章:急襲〜


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「『殺される』って……」

 予想外の言葉に、コナンは驚いて快斗を見返す。

「でもお前、そんな根拠一体何処から……?」

 不思議そうに訊ねるコナンに、快斗は不自然に目を逸らした。

「――盗聴器」

「……え?」

「警部の家の留守電確かめた時に置いてきたんだよ。
 もしかしたら犯人から連絡来るかもしれねーだろ? それでちょっとな」

「それで? 連絡が来たのかよ?」

「ああ……」

 つっけんどんにそう答えると、快斗はそのまま出入り口へ向かった。

「――あ、おい! 待てって、キッド!」

「下りるならご自由に」

「は?」

 いきなり言われた言葉にコナンは首を傾げる。
快斗は出入り口のドアへ手をかけてからコナンを振り返った。

「日常生活にコソ泥の常習犯持ってくるのは気に食わねーんだろ?
 なら無理には頼まねーよ。仕掛けてんのはこれだけじゃねーから」

「はぁっ!?」

 言うだけ言うと、快斗は外へ出る。
その行動にコナンは呆然とその場に立ち尽くすが、足早に階段を駆け下りるその音で我に返った。

(――マズイ!)

 立たされた現状に、コナンは慌てて快斗の後を追う。

(あの野郎っ! 考えるところで考えろっつーんだよ!)



 視線の先に車道が見えて、快斗は走る足を止めた。

(コソ泥の常習犯とか言うけど、今回の場合しゃーねーじゃねーか!
 あの状況じゃ盗聴器つけてでもいねーと、何かあってもすぐに行けねーんだから!
 つーか、別に犯罪に使うわけじゃねーんだし、盗聴器位大目に見たって良いだろうが!)

 本人には伝えなかった愚痴を心中で呟く。
頑固なのか寛容なのか、いまいちよく分からない探偵の精神に快斗は眉をひそめた。

「――と。今は警部と青子だな」

 ここで時間を取るわけにはいかない。快斗は残りの階段を下りると車道へ出て走りだした。
――丁度その時だ。背後から轟音がしたと思うと、一台の車が猛スピードで突っ込んでくる。

「えっ……!?」

 その音に振り返った快斗だが、向かってきた車のスピードは、逃げる暇を与えない。

(ちょっ! 待てよ! 何で――!?)

「――バカ! 避けろ!」

 馴染みの声が聞こえたと思うのと同時に、後頭部から頭をコンクリートに打ち付ける。

「痛てっ!」

「『痛てっ!』じゃねーよ! 急ぐのは勝手だが、少しはこっちの話も聞け!」

 そう怒鳴るとコナンは道路に片手を付きながら起き上がる。
依然道路に寝そべったままの快斗をしかめ面で見下ろすと、前方へと目を向けた。

「おい、走れるか?」

「はい?」

「轢かれて死にたくなけりゃ逃げた方が良い」

「轢かれてって――」

 身体だけ起こしながら言いかけるも、快斗は途中で言葉を切る。
すぐ背後から聞こえてきた音に、快斗は後ろを振り返った。
軽快なエンジン音がなったと思うと、先ほど快斗を轢こうとした車が動き出す。

「あー……えっと、何? 逆走してまで突っ込んで来る気ってか?」

「だろうな。死にてーなら、そのまま寝そべってろ」

「――冗談!」

 コナンの言葉に、快斗は慌てて起き上がる。それを見届けてから、コナンは短く叫んだ。

「行くぞ!」

 言いながら走り出すコナンの後を、快斗も急いで追った。



「つーか何なの! あの車!?」

「中森警部の娘ってのを襲った奴らだろ」

「え!?」

 後ろを気にしつつも、二人は道路を疾走する。車は逆走していることもあるのか、若干動きが鈍い。
しかし、方向転換が出来るほど広い道路でもなければ、脇道も見当たらず、
コナン達はひたすら前に突き進むしかなかった。いきなり降りかかった災難に、快斗は思わず疑問を口にする。
返事を期待したわけではないが、返って来た言葉に快斗は驚いた様子でコナンを見返した。

「オメーと会う前に、俺が現場を見てた時から張り付いてたよ。
 だから余計に地元民が来る所はパスしたかったってわけさ。
 つけられてねーかは確認してたんだけどな」

「――な! おい、ってことは待てよ! なら今回の事件でマークされてるのは……」

「当事者である中森警部とその娘を除けば、俺たち二人もそうだろうな」

 本来の目的である中森を襲うより先に、その娘を襲った時点でかなり非道な相手であることは明らかだ。
そんな人間が相手なら、事件の捜査を始めた人間も殺害対象に入るはずである。コナンは視線だけ背後に動かした。

(ちょっとヤバそうだな……)

 走りながら一瞬顔をしかめると、コナンは視線を元に戻す。

「おいキッド。この道進んでも病院には戻れるのか?」

「え? ……ああ、まあ。しばらく行った先にある曲がり角曲がりゃ、行けねーことはねーけど?」

「なら、オメーはそこから病院に行け。こっちは俺が何とかする」

「な、何とかって……おい、相手は車だぜ?」

 いくらこの手のことに慣れてるとは言え、子供一人で何とか出来る相手ではないだろう。

「バーロ。車相手よりオメー相手にする方が厄介だよ」

「……褒められてんのか微妙なんですけど」

 コナンの言葉に快斗は思わず苦笑いする。しかし、コナンはその呟きには耳を貸さない。

「それに心配なんじゃねーのかよ。中森警部とその娘が」

「いや、そりゃそうだけど……。何かすっげー面倒なことに巻き込んでんだろ。
 それでこっちだけ安全地帯ってのは、いくらなんでも――」

「安全地帯じゃねーよ。そっちはそっちで別の人間が中森警部達狙ってんだろ?
 そこに飛び込むんなら、それはそれで危険さ。それに――」

 コナンは言葉を切ると、走る足を止めて後ろを振り返った。――曲がり角はもう目前だ。

「こういう巻き込まれ方が嫌なら、そもそも依頼は受けねーよ」

 言い終わると同時に、コナンは靴の出力をオンにした。

「おい! とっとと行け!」

 動く気配の無い宿敵に業を煮やして急き立てる。
事件依頼をしたのは快斗であり、結果的に命を狙われる原因を作ったのは確かに事実だ。
だが、普段から「殺しはしない」と謳われているこの怪盗。犯罪者の割に、極端に人が傷つくのを嫌っているのを思えば、
今の状況を見過ごすことを拒む理由も分からないでもない。しかし今は一刻を争うのだ。
この際、巻き込んでしまった相手を助ける助けないも考えてる余裕は無いだろう。

「――行けっつってんだよ! 病院にいる連中が死んでも良いのか!!」

「それは――!」

「だからこっちは任せて、オメーはそっちに行けっつってんだよ!」

 命令というより、むしろ怒って怒鳴るように叫ぶ。

「聞き分けのないガキじゃねーだろうが! 何度も言わすんじゃねえ!」

 ――気迫負け。
そうだと言えばそうである。しかし、ここまで言われては今更手を貸すのも躊躇わざるをえない。
青子や中森、そして見張りを頼んでいる母親と亡き父の付き人。彼らの身が危険なのも同様だ。

「……悪い。でも気をつけろよ、名探偵」

「そういうことは、そういう心配がある人間にだけにしろ。俺はそこまでヤワじゃねーよ」

 コナンの言葉に、快斗は可笑しげに笑みを浮かべると、そのまま病院へと走った。
その快斗が見えなくなる頃を見計らって、コナンはベルトをスタンバイさせる。
車との距離が狭まったところで、コナンはタイヤ目掛けてボールを蹴りだした。
半端ないボールの勢いで、車は見事に方向感覚を失う。タイヤのスリップ音とブレーキの音が、
住宅街の静寂を見事に断ち切った。電柱や民家の瓦礫にぶつかりながら、ようやく車の動きが止まる。

 その直後、止まった車内から慌てて男が飛び出してきた。
足早に立ち去ろうとするその男の目の前に、コナンは立ちはだかる。

「――っ!?」

 コナンの思わぬ行動に、男は言葉を飲み込んだ。

「逃げようとしたってことはお兄さんは主犯じゃないみたいだね。
 ってことは、主犯はあの刑事さんかな?」

「…………もしそうだとしても、お前みたいなガキに何が出来る?」

 戸惑いがちに怪しく笑うと、男はズボンのポケットから小型のナイフを取り出した。

「一緒にいた奴は怖気づいて逃げたっていうのに、ガキの分際で俺に啖呵を切る気か?
 フン。大したガキだな。まさか殺されるために残っているわけじゃあるまい?」

「ああ、もちろん」

 ニヤッと笑うその表情は、もはや子供のものではない。
子供には似つかわしくないその不敵な笑みに、男は身構えた。
だが、たとえそれが一瞬であっても、その行動はコナンにとっては隙に変わる。
突如鈍い音がしたと思うと、男が道端に大の字になって倒れ込んだ。
コナンはそのまま倒れた男に近寄ると、その場にしゃがみこむ。傍には蹴ったばかりの瓦礫が残っていた。

(……おいおい。あまりにも使えなさすぎんじゃねーのか? この男)

 車での追跡は確かに見事なものだったが、伸びている男を目の前にして、コナンは首を傾げて眉を寄せる。
車を出てからの男のやられっぷりに、肩透かしを食らった様子でコナンは呆れ返った。
その後、男の内ポケットから免許証を探し当て内容を確認した後、元の場所へと戻してから立ち上がる。

「――いてっ!」

 いきなり走った右足の痛みに、コナンは顔をしかめた。
よろついた足取りで何とか壁際まで歩くと、壁に背をつけながら右靴を脱いだ。

「……マジでヤバかったな」

 右足のほぼ半分が青紫色に滲んでいる。車から逃げる際、全力疾走したのも影響しているのだろう。
痛みも最初に感じた時よりは酷くなっていた。

(まあ、状況が状況だったからな。さすがにあの野郎も気付いてねーだろうが……)

 コナンが快斗を一人病院へ行かせたのには二つの理由があった。
もちろん一つは当事者である二人と、その警護をしているという快斗の母親と知人の安否を気遣ってのことだ。
そしてもう一つがこの足である。寺井の経営するビリヤード場『ブルー・パロット』。その前で起こった轢き逃げ未遂。
昼間の一件で命が狙われる可能性は考えていた。そのため、快斗が聞いたという留守番電話が、
自分たちを外へおびき出すための罠であるなら、外に出た瞬間に殺されるだろう。

 しかし、そんな話を一切知らない快斗にしてみれば、いきなり襲われれば、驚いて行動が停止するのも必至。
それに気付いてコナンは慌てて快斗の後を追った。外へ出たコナンが見たのは、轢き逃げの瞬間。
快斗が轢かれそうになる直前、反射的に快斗を庇ったは良いが、その際に右足首を痛めてしまったのだ。
事態が切迫していたため、走って逃げていた際は気付かなかったようだが、
長く一緒にいれば快斗がそれに気付く可能性は高くなる。

 その場合、快斗の性格を考えれば、自分から捜査役を降りるよう頼むだろう。
コナンにしてみれば、既に乗りかかった船。探偵をやっていれば、こんなことは日常茶飯事だ。
変に気を回されるのも癪に障ると、コナンはいち早く快斗を自分から遠ざける選択肢を取った。

(ともかく俺も病院には行ってみるか)

 もし犯人が三人以上であれば、自分以外の四人も守りながら二人以上の犯人を相手にするのはさすがに厳しい。
中森と顔を合わせる危険性を思えば、病院内へは入りづらいが、それは状況次第で決めれば良いだろう。
コナンは警察へ一報入れた後、痛む足をかばいながらゆっくりと病院へ向かった。



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