求めない結託 〜第四章:欠如〜


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 チンッと音を立てながら、受話器が元に戻される。
快斗は戻された受話器にしばらく手を置いたまま、無言で公衆電話を見つめていた。

(……つーか、俺これからどうするべき?)

 中森宛に届いたという脅迫状のターゲットは、他でもない中森自身である。
本来なら中森のみにガードをつければ良いだろう。しかし今回襲われたのは青子だ。
二人の護衛を第一に考えた場合、病室近くに待機していれば事なき事を得る。

 だが快斗自身の中に、犯人を捕まえたいという意思がある現状では、自らが動くことになる。
しかし、それでは青子や中森をガードすることは不可能だろう。
いくら千影や寺井に頼んでも、犯人が襲って来た場合、逆に被害が増えるに違いない。

 かと言って、全く関係のないコナンが病室にやって来れば中森が不審がる。
事ある毎に海外へ飛び回っている探偵がもう一人いればまだ安心出来るが――。

(白馬ねぇ……)

 いっそ呼んでやろうかと思うが、苦笑いして首を振った。
たとえ呼んだにしても、海外から来るにはある程度の時間がかかる。
その上、自分をキッドだと確信している仮にも探偵に、
本来繋がりのないコナンと話していては、自ら物的証拠を突きつけるようなものだ。
第一これ以上、キッドを追っている人物に頭を下げるのは願い下げである。

 そんなことを考えながら、快斗はようやく公衆電話の受話器から手を離した。
その後で大きくため息をもらすと、軽く体を動かしながら青子の病室へと戻り始める。

(……ついでにちょっと話してみっかな?)

 首を少し傾けながら小さく唸ると、快斗は病室のドアを開けた。

「――げ」

 ドアを開け、室内へ入ろうとするが、思わず止まる足。
目の前にある現象に快斗はその場でピタリと固まった。

「あ、快斗……」

 室内に入ってきた快斗に気付いた青子が、困ったような表情で快斗を見つめている。
今の今まで意識を失い、ついさっき目が覚めたばかりにも関わらず、
青子は今にもベッドから這い出んばかりに身体を起こしていた。

「…………おい、オメー轢き逃げされたんじゃねーのかよ? 何起き上がって――」

「だってお父さんが……」

「警部?」

 しかめ面で訊き返す快斗へ答える代わりに、青子は目線を少し左に動かす。
それにつられるように快斗も左へ目線を動かすと、ソファ近くの床に人が倒れていた。

「け、警部!?」



 倒れている中森を発見した快斗は、慌てて医師と看護士を呼びに行った。
どうやらここ数日の無理がたたって、一昨日から続いている熱が上がり、ついには気絶するに至ったらしい。
元々、別室で休むのを拒んでいた中森だが、こうまでなってはさすがに医師も譲らない。
結局は偶然空いていた隣の個室へ、半ば強引に移ることになった。
中森が個室へ移され医師の検診を受けている間、快斗は青子から詳しい事情を聴き始める。

「――快斗がね、『ちょっと電話してくるから』って青子の病室出てしばらくしてから、
 『このままじっとしてられん!』とか言っちゃって、今までソファに横になってたのに、
 いきなり起き上がったんだよ? そしたらすぐ床に倒れたの。青子、止めたのに……」

 そう言うと、不満そうな悔しそうな表情で自分が寝ているベッドの掛け布団を睨む。

「お医者さん呼ぼうと思って起き上がったら、身体のあちこちが痛くって、
 上手く動けなくて困ってたら快斗が戻ってきたんだよ」

「バーロ。オメー、何のためにナースコールがあると思ってんだよ?」

「へ……?」

 快斗に言われ、初めて存在に気付いたかのように左右を見渡した。

「……あ、そっか! 快斗頭良いー!」

 素直に感心して見せる青子だが、快斗は無関心そうに一笑する。

「だからオメーはアホ子なんだろ」

「何よーっ!!」



 ――時計は間もなく午後三時を差そうかという頃、快斗は青子の病室ではなく隣の中森の病室にいた。
というのも、十一時頃に快斗の母親がやって来て、青子に付き添っているのと、
青子自身が快斗へ『お父さんが気付いたら教えて』と頼まれたため、中森の警護も兼ねてここにいる。
快斗はベッド近くに寄せた椅子に腰掛けながら、中森を見てため息をもらした。

(だから大人しくしてろっつったのに。
 っていうか、場所が二手に別れられると、余計に警護の件が複雑になるじゃねーか……。
 ただでさえ、本人動けねーってのに。まあホント救いようないほど頑固だからなぁ、この警部)

 眉をひそめて中森を半ば睨むように見ると、再度深くため息をついた。
その後で、不意に窓の外へ目をやって、弾かれるように腕時計へ目を落とす。

(――うっわ! ヤベッ! 落ち合う時間、大幅に過ぎてやがる!
 つーか、平均的な昼飯の時間すら軽く越してんじゃねーか!)

 さすがにマズイかと椅子から腰を上げようとするが、身体が思うほど動かない。

(……かと言って警部一人ほっぽって行くのも不安だしな……。
 脅迫状の標的って青子っつーより警部が本命だろ? しかも、今本人意識ねーし……。
 こんな日に限って、寺井ちゃん今日は夕方まで抜けらんねー用があるとか言うし。
 一定時間だけ何処かに警部隠したり、別人に変装させたりしても良いけど、
 医者来たり、警部起きちまったら逆に言い訳に困るしな……)



「――名探偵!」

 夕暮れも鮮やかに見え始める午後六時過ぎ。病院の近くには公園があった。
そこの一角に設置されたベンチの一つに目的の人物を見つけて、慌てて駆け寄るが、
本人は一瞬目線を快斗に合わせただけで、すぐに読んでいた本へ視線を戻す。

「……いや、腹立てんなとは言――」

「ちょっと待て。五分で終わる」

「はい?」

 視線は本へ固定されたままで呟かれた言葉とその内容に快斗は眉を寄せる。
しかしそれ以上言葉が続けられることなく、しばらく沈黙の時が過ぎた。
その内にキリがついたのか、コナンは本を閉じてからようやく顔を上げた。

「――二冊目。しかも終わりかけ」

「は?」

 しかめ面でいる快斗を尻目に、コナンは読んでいた本を自分の脇へ置く。

「さすがに二冊目まで行くとは思わなかったけどな。普通はせいぜい一冊目だろ」

「……え……と……、……何の話?」

「本来決めてた時間からテメーがやってくるまでの時間さ。さすがに状況が状況だからな。
 脅迫状が本物なら、中森警部はもちろんのこと襲われたっていう娘の警護も必要だろ。
 警察に協力要請しないなら、事情知ってる知り合いに頼むしかねーんだろうけど、
 当の中森警部は風邪で動けない。となると白帆の矢が立つのはテメーの可能性が高いはず。
 ということは、標的にはなっていなくても自由が利かないってことだろ?」

 呆気に取られている快斗には無反応で、コナンは一度背伸びをしてから話を続ける。

「もし他にも警護する人間がいるんなら、最初の時点で来てるだろうし、
 来てないなら代わりがいなくてすぐには動けなかったわけだろ。
 でも、もしそうなら罪悪感覚える頃にやってくるとは思ったけど――平均よりは遅かったらしいな」

「……最後は皮肉で終わるわけ。まあ今回は別に良いけどさ。
 あ、そうそう。――遅れたお詫び。良ければどーぞ」

 そう言いながら手渡されたものを受け取るが、そのまま自分の手元を怪訝そうに見る。
快斗は、ついでに買ったらしい自分の缶コーヒーの飲み口を開けて、口へ含む。
コナンはその行動をチラリと見上げるも、すぐに手元のコーヒーへ目を落として呟いた。

「これ、そこの自販機で売ってる缶コーヒーだよな?」

 突如言われた言葉に、快斗は飲みかけたコーヒーの一部を吹き出してむせかえる。
その反応に目を見開くコナンだが、むせ続ける快斗の様子に、じきに呆れた目を向けた。

「……つーか、オメー何で知ってんの? ここ近所じゃねーだろ」

「そりゃ、さすがに喉乾いて何度か買いに行ったからな」

「あ、そう……」

 答えを聞いてため息をついてから、しかめ面でコナンを見た。

「しゃーねーだろ? ただでさえ遅れてんのに、まともなの買いに走るわけにもいかねーし。
 確かに病院の食堂にはカップコーヒー売ってっけど、出て来るまでに時間かかんだろ」

「ああ、いや、そうじゃねーよ」

 小さく笑いながらそう言うと、ようやく渡された缶コーヒーを口に運ぶ。

「『ただでさえ遅れてる』って思ってるくせに、
 ここに着いてから、わざわざ缶コーヒー買ってくることもねーだろ、と思ってな」

「……飲んでて言うか? そのセリフ」



「――それで、そっちに進展は?」

 コナンの問いに、快斗は少し上向き加減で首を傾げる。

「まあ、あったっつったらあったけど」

「え? ……おい、だったら良いのかよ? こんなところで呑気に事情説明なんて」

「良いんじゃね? 一応監視役は置いてきたし。それにほら――」

 思わせぶりに途中で言葉を切ると、チラリと横目でコナンを見下ろした。
その行動に、コナンはしかめ面で快斗を見返すが、それとは反対に意地悪くニヤリと笑う。

「進展あったっつっても、ここ二日の無理がたたって、警部がぶっ倒れただけだから」

「…………」

 悪ぶることなくケラケラと笑いながら言われた言葉に、
コナンは咳払いをした後、無言で快斗を睨む。

「……ああ、そうかよ」

 腹立たしげに言うと深くため息をついてから、おもむろに立ち上がる。
昨晩のキッドの様子で、事の次第が深刻そうだと判断して、協力要請は引き受けた。
今回、待ち合わせた時間に遅れてきたことに関しても、先に言った事情があるのだろうと、
怒鳴りもしなかったが、さすがにこの態度までは寛容ではいられない。

「なら後は一人で頑張るんだな。冗談言うほど余裕があるんなら俺の助けはいらねーだろ」

 蔑む目で快斗を一瞥すると、そのまま快斗に背中を向けて歩き出す。

「どわーっ! 悪い! 今の嘘! ……いや、警部がぶっ倒れたのは事実だけど!
 って、ちょっと!? おい! なぁ、名探偵! 状況変わったのはホントなんだって!
 それも含めて、事件のこととか相談――」

「知るか!」

 あっさり一蹴され、それ以上何か言おうものなら蹴り飛してやると背中が訴えている。
まさか公園の広場で、普段のような対決劇にはならないだろうが、
機嫌はむしろその時より悪いらしい。快斗はゆっくり息を吐き出すと、自分の掌を見た。

(……こいつにとって効果的かどうかは怪しいモンだけどな)

 そう思うと、一度息をついてから、遠ざかるコナンの方へ片腕を突き出した。
ワン・ツーとカウントダウンを始めて、スリーで指を鳴らす。
それと同時に二匹の鳩がコナンの前を舞った。短く声を上げるコナンとは裏腹に、
一匹の鳩はコナンの頭へ納まった。もう一匹はと言うと、腕を挙げた快斗の指先へ乗る。

「……おい、キッド。オメー、一体何がしてーんだよ?」

 ため息と共に足を止めると、呆れた様子でようやく快斗の方へ向き直る。

「いや、だから事件のことで相談を……」

「ふざけんな」

 ドスの利いた声で妙にゆっくり言い放つが、それが余計にその場の緊迫感を煽り立てる。
あまりにも殺気に満ちたコナンの様子に、次の言葉すら思い浮かばず、
快斗はただひたすらに顔を引きつらせた。
そんな快斗には目もくれず、コナンは自分の頭上を見上げる。

「ホラ、お前もふざけてないで主人の元へ戻りな」

 ため息混じりに言うコナンに、話しかけられた鳩は小さく鳴いてから飛び去ると、
快斗の肩で羽を休めた。それからまともに快斗へ目を向けて、再度ため息をつく。

「それで何だよ? 状況が変わったってのは」

「…………え? あれ、聞く気あんの?」

「依頼受けても断っても、テメーのふざけた行動は変わらなさそうだし、
 何も聞かずに帰ったんじゃ、最初から来なかった方がマシじゃねーか」

 コナンの言葉に不思議そうに目をしばたたかせるが、その内に手を叩いてコナンを見た。

「『ある程度の事件概要聞いた上で断るのは癪』とかそんな理由?」

「……帰ってやろうか?」



 一悶着もようやく収まって、二人は元いた広場のベンチに腰を落ち着けた。

「状況が変わったってのは、事件がどうとかじゃなくてむしろ俺の方なんだよな。
 ホラ、警部がぶっ倒れたっつったろ? 今までは娘の身を案じて、
 同室で休養兼警護してたんだけど、それじゃもたなくなって今は別室で休養中。
 でもそうなると俺一人で二部屋見張るのは無理。いくら他に協力者はいるにしても、
 そういうことに腕が立つわけじゃねーから、逆に被害増えちまうってことで、
 滅法、八方ふさがりな状態のわけ。な、そっちに誰かアテない?」

「さあな。でも、中森警部が警察や同僚に相談しないと決めてることと、
 俺がこの事件に介入してる理由がオメーの依頼だということを考えると、
 無駄な説明無しに引き受けてくれそうなのは、服部位だろうな」

「ああ、西の探偵ね。でも明後日から平日続きだぜ?」

「だから最初に『さあな』って言ったんじゃねーか。それにもし仮に来たとしても、
 大人しく護衛だけ、なんて了承すると思うか?」

 苦笑いするコナンに、快斗は意味ありげに視線を外す。

「ま、探偵って大概血の気が多いみてーだしねぇ」

「俺もかよ!」

 間髪入れず不満を口にするコナンに、快斗は面白げにニカッと笑う。

「今もそうじゃん」

「……だからふざけんなっつってんだよ!」

 不満露わに怒鳴るコナンだが、快斗は悠然としてそれを両手で制する。

「あー、ハイハイ。――でも冗談抜きにしても、明日中に何とかしねーとダメなんだよな」

「オメーの方はいないのかよ? ある程度融通が利く、争いごとに長けた知り合い」

「普通いねーっての!」

 淡々と訊かれて苦笑いして答えた後、片手を額に当てながら深いため息をつく。

「……とことん融通が利かなくて、争いごとに長けてない探偵なら心当たりがあるけどな」

「はぁ?」



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