走らせていたスケボーが止まったのを確認すると、コナンはスケボーから足を離す。
片手を壁に付きながら、目の前の建物を見上げた。
――湊警察。
その名前を見て、躊躇うように少し目を伏せるが、すぐに顔を上げる。
(……まあ、本人が大丈夫って言ってんだ。何とかなるだろ)
諦めと決意が混じったため息をもらしながら、コナンは建物内へと足を踏み入れた。
「――警部の配属元?」
「ああ。まさか最初から警視庁配属だったわけじゃないんだろ?」
「そりゃそうだけど、それが何で今必要になるわけ?」
先を行きかけた快斗を静止させてから、
何の脈絡もなく突如言い出したコナンの言葉に、快斗は怪訝そうに眉を寄せた。
「そこの部分は別にお前にとっちゃ無関係――」
「バーロ。誰が個人的に知りたいっつったんだよ。今回の事件絡みで情報が必要なんだろ?」
「……何で? つーか、何が知りたいわけ?」
しかめっ面で問う快斗に、コナンは面倒臭そうに眉を上げる。
「犯人は中森警部に恨みを持ってる人物なんだろ?
逆に訊くが、キッド事件絡み以外で、中森警部が恨み買いそうな理由は何かあるか?」
「え……」
言われて快斗は口ごもる。
人知れず恨みを買われている可能性がゼロとは言わないが、何の理由もなく恨まれるようなタイプではないだろう。
ましてや普通に生活してる中で、殺されるほどの恨みを買うとは思えない。
快斗はしばらく考えた後、無言で首を横へ振った。その反応に、コナンは肩をすくめる。
「だからさ、基本的には勤務先で恨みを買ってる可能性が高いってこと。
今回の事件に実際の警官が絡んでるんなら尚更な。
でも俺の知る限りじゃ、中森警部は警視庁に配属されて以降はキッド絡みの事件しか担当していないはず」
睨み目がちに言われて、快斗は驚いた様子で目を見開くと、慌てた様子で首を左右へ動かした。
「――いやいやいや! ちょっと待て!
俺じゃねえっ! 警部襲おうとしてんのは、絶対俺じゃねーからな!?」
「……逆に気持ちいいくらい、疑いたくなるような反応するな、お前」
「俺はむしろ、そう思うその神経を疑いたいです」
呆れた様子で愉快そうに言うコナンに、快斗は引きつった笑みで言葉を返す。
だが、我関せずと言わんばかりに、コナンはそのまま話を続けだした。
「まあ、それはともかく、お前が犯人じゃない以上、警視庁で恨みを買ってるとは考えづらい。
動機となりうる『何か』は、警視庁へ配属される前の出来事の可能性が高いはず。
となると、それ調べるには配属元の警察署へ行くのが筋だろ」
「…………」
コナンの言葉に、快斗は尚釈然としない様子で腕を組むと、空を仰いで目を瞑り、
そのまま首をゆっくり左右に振りながら唸り声を上げだした。
その行動をコナンは不思議そうに眺めるが、快斗本人はそれに気付いてないらしい。
ひとしきり唸った後、快斗は眉間にシワを寄せた状態でコナンを見ると、人差し指を立てた。
「――条件が一つ」
「随分もったいぶった割に面倒くせえこと言うな、お前」
呆れた様子で鼻で笑うと、片手で頬杖をついて挑発するような視線を快斗へ向けた。
「呑むとは言わないが、何だよ?」
「今回の件絡みの資料以外の詮索はお断り願います」
いやに真顔で真面目に言う快斗を、コナンは意外さと驚きが混じった様子で眺めながら、
何度かまぶたをしばたかせるとため息をつく。
「神妙に言うから何かと思えば……」
――要はキッド絡みの情報になる部分には触れるな、ということだろう。
やれやれといった調子で言いながら、コナンは意味ありげな表情を快斗へ向けた。
「大体な、そんな中途半端に面倒臭い方法でキッドの情報仕入れるくらいなら、
いっそダメ元で、犯行理由云々まとめてお前本人に訊いた方が早いじゃねーか」
「……でも、訊かれたところで話さないって分かってんだろ」
「だからこそ、そもそもそれを訊かれないって体で、
わざわざあんな条件にもならねー条件言い出したんだろ?」
呆れた口調でそう言うと、コナンは面白げに笑った。
「つーかな、キッド。
それ言い出した時点で、その調べられたくない何かがありますって自白してるの分かってんのか?」
「――あ」
そのコナンの言葉に、快斗は打ちひしがれた様子で片手を額に当てて苦い顔をする。
「…………分かりたくは……なかったです」
「何だそれ」
小さく笑うコナンに対し、快斗はその場にしゃがみこむと、両手で頭を抱え込んだ。
「――っだああ! もうやだ、お前!」
投げ捨てるように叫ぶと、恨めしそうにコナンを睨みつける。
「お前、何でそんな余計なとこばっかに考えが働くの!? いけ好かない性格にも程があんだろ!」
「探偵ってのはそういう性分なんだよ、諦めろ。後、キャラ変わりすぎだ。余裕なさすぎだろ、今回のお前」
「知り合いの生死かかってて、余裕ある奴なんて、
よっぽどの死線くぐり抜け続けて来た人間位しか無理ですー!」
不満げに口を尖らせて反論すると、
快斗はゆっくりと息を吐き出してから立ち上がり、再度コナンを見下ろした。
「まあ、そこまで分かってんなら隠しても仕方ねえだろうし、教えといてやるよ。
仮に警部が誰かしらに恨み持たれてるんであれば、空白期間調べりゃ良いと思う」
「空白期間?」
怪訝そうに眉を寄せたコナンに、快斗は無言で頷いた。
「一定期間、キッド絡み以外の事件を担当してたことがあるはずだ。恨み買ったならその期間だろ」
「なるほど?」
コナンは独り言のように呟くと、屈託無く笑った。
「まあ心配すんな。捜査資料からお前絡みの情報仕入れたって面白くねーし、
今回の事件に必要なことしか調べねーから」
「……それ蒸し返されると、自分の無能さが嫌になるんでやめて下さい」
疲れたように重苦しいため息をつく快斗をコナンは可笑しげに見てから、おもむろに顎に片手を当てた。
「ただ、それにしたって問題があるんだよな」
「……問題? 何の?」
「昔のとは言え、捜査資料だぞ? そんな機密情報、ただの子供に普通見せねーだろ」
眉を寄せて難しそうに言うコナンを、快斗は不思議そうに瞬きをしてから、
少し考えるように空を仰いだ後コナンへと視線を戻した。
「大丈夫じゃねえの?」
「……根拠はなんだよ?」
快斗のあまりにも気の抜けた言い方に、コナンは不機嫌そうに快斗を睨む。
比較的顔が利く警視庁の刑事が相手ではないのだ。情報開示の依頼に二つ返事で応じるわけがない。
その意図が伝わってるのかはいざ知らず、不満げなコナンとは裏腹に快斗の態度は変わらない。
「警部本人に了解貰ってます、で良いじゃん」
「……それで後から中森警部に確かめられたらどうすんだよ?」
「まあ、それはこっちに任せとけって。警部に上手いこと説明しといやっからさ」
親指を立てて自信満々に言う快斗だが、
それでも不安が残るらしいコナンは、釈然としない様子で顔をしかめる。
その反応に快斗は小さく息をついた。
「大丈夫だって! オメーも湊警察の人間も警部と面識がないわけじゃない。
おまけに、向こうの警察が、今の警部が怪盗キッド専任の警部だって知らないわけないだろ?」
「それがどう――」
異議を唱えかけたコナンを快斗は片手で制すると、意味ありげにニヤリと笑った。
「接点があるなら、それを利用しない手はないと思わないか? ――キッドキラー君?」
(……無茶苦茶言いやがって)
受付前まで来て、コナンは再度ため息を漏らした。
――結局のところ、相手が折れるのを待つという行き当たりばったりな計画には違いない。
(まあ、資料見せてもらえないにしても、最悪当時の話だけでも聴けりゃ良いわけだし、
厳しそうなら何とかそこまで持って行くしかねーわな)
何とかなるだろうという根拠のない希望を、自分へ言い聞かせるように心の中で反芻させると、
コナンは意を決して受付へと進んだ。
「すみませーん!」
「はーい」
カウンターからひょっこり顔を出したコナンの呼びかけに、
受付から一番近い場所で作業をしていた男性が返事をしながら腰を上げた。
――三十歳前後だろうか。見たところ、人好きのしそうな柔らかい印象を受ける。
胸に差している名札には畠中とあった。
「こんにちは。……ボウヤ一人でどうしたんだい? 道に迷ったのかな?」
「ううん。そうじゃないんだ。
ちょっとその……昔ここにいた刑事さんのことで訊きたいことがあるんだけど、
誰に許可貰ったら良いのかなぁ?」
「え……?」
単刀直入に言われた予想外の言葉に、畠中は驚いた様子で目を見開いた。
――無理もない、とコナンは少し視線を外して苦笑いする。
「ちょ、ちょっと待っててくれるかい?」
隠しきれない戸惑いが慌てた様子に見て取れる。それでも、子供の冗談と適当にあしらうこともなく、
部屋の奥の方に座っている上官と思しき人物へと話を聞きに行った畠中を、コナンは目で追った。
畠中から用件を聞かされた上官は驚いた様子で何かを言うが、畠中は首を振る。
その後、二人で幾度か会話を交わしてから、その上官が畠中の後ろから顔を出し、コナンの方へ顔を向けた。
かち合った視線に、コナンは反射的に会釈を返す。それにつられるように上官の方も会釈で応じた。
まだ半信半疑の様子で首をひねりながら立ち上がった上官は、畠中と共にコナンの方へとやってくる。
「こんにちは、ボウヤ」
「こ、こんにちは……」
恰幅の良い上官は、畠中とは違い、いかにも警察官らしい強面の男だった。
――とは言え、人相が悪いわけではない。とっつきやすさこそないが、笑って挨拶するその顔は優しい。
纏う空気こそピリッとはしているが、それは恐らく仕事柄身についたものだろう。
その雰囲気に気圧されて、少し詰まりながら挨拶を返したコナンを、上官は無言でしばらくじっと見つめた。
「あの……?」
その視線に耐えかねて、遠慮がちにコナンが口を挟むと、初めて気がついた様子でコナンから視線を外した。
「ああ、すまない。ところでボウヤ、その足は――」
「え?」
笑いながら謝った上官は、そのままコナンの足下を指差した。
「怪我したのかい? 包帯が見えるが」
「え……? ああ、うん……。ここに来る途中でちょっと捻っちゃって」
思わぬ質問に、コナンは苦笑いして頭をかいた。そのコナンの反応に上官は呆れた様子でため息をつく。
「それならそれで最初に声をかけた時に、彼に言いなさい」
心なしか強い口調で言われた言葉に、コナンは不思議そうに目をパチクリさせる。
その後話しかけようとしたコナンより先に、上官は受付から出ると、そのままコナンを担ぎ上げた。
「――うわあっ!?」
突然の上官の行動に、コナンは思わず声を上げる。
その声に、フロアにいた全員が二人へ注目するが、
驚いたのは最初だけだったらしく、方々から小さな笑い声がもれてきた。
「あの……」
その笑い声が、微笑ましげに笑う声ばかりで、
妙に気恥ずかしくなったコナンは躊躇いがちに上官へ声をかけるが、上官はしかめっ面でコナンを見る。
「君の身長だと、受付に顔を出すには背伸びをする必要があるだろう。
包帯を巻くほどの怪我をしたばかりなら、そんな足を酷使するような動作はすべきじゃないはずだ。
――違うかね?」
「……ご、ごめんなさい」
たしなめるように言われた正論に、コナンは縮こまりながら謝った。
その様子に上官は無言で頷くと、フロア内の人間に聞こえるように声をかける。
「少し第二応接室を借りるよ。何か用件があれば、悪いがそこまで来てくれ」
「――はい!!」
その呼びかけに全員が声を揃えて返事をする。
それを聞き届けてから、上官はコナンを担ぎ上げたままで、署内の廊下を歩き出した。
だが、その直後に畠中の方を振り返る。
「ああ、畠中くん。ついでだ、君も来なさい」
「――かしこまりました!」
言われて上官の後ろから畠中がついてくる。
その二人をコナンは交互に見てから、困ったように眉を寄せた。
(下ろしてほしいんですけど……)
「――さて。それじゃあ詳しく聞かせてもらおうかな」
通された第二応接室は、ちょうど探偵事務所の半分程の大きさの部屋だった。
テーブルを囲うようにソファーが二脚あり、その内の一脚にコナンを下ろすと、
上官と畠中はその向かい側へと腰を下ろした。
「いや、その前に自己紹介がまだだったね」
上官はそう言うと、コナンの前へ警察手帳を見せた。
「湊署署長の望月靖だ。それから彼は畠中優也くん」
「よろしくね」
ニッコリ笑う畠中に、コナンも笑って返す。
「ボクは江戸川コナン」
「家や学校がこの近所なのかい?」
不思議そうに問う望月にコナンは首を横に振った。
「ううん。家は米花町で帝丹小の一年生だよ」
「ほう……」
呟くように言うと、望月は考え込むように腕を組んだ。コナンはその様子を少し慎重に見つめる。
職務質問とはまた違うだろうが、いわゆる身元調査の意味がある質問なのは理解していた。
働いていた刑事の情報が知りたいと言ってきたのだ。どう考えても普通ではない。
ここで下手に取り繕えば、欲しい情報は手に入らないと踏んで、
コナンは問われた質問に素直に答えを返したが、問題はここからだろう。
「――まあ、分かっているとは思うが君の要望に、はい分かりました、と答えることは出来ない」
「そう……だよね」
予想された返事に、コナンは無理に笑顔を作る。
「だが――」
望月は一瞬コナンの足下に目を落としてから、コナンの目を見つめた。
「のっぴきならない事情がありそうなことは理解しているつもりだ」
「……へ?」
意外な言葉にコナンは目を丸くする。
あくまで簡単に事情を説明したのは畠中だけで、望月への直接的な依頼はまだしていない。
にも関わらず、何をどう察したと言うのか。驚いた様子で見返すコナンに、望月は柔らかい笑みを浮かべた。
「仮の話をしようか。急ぎもしない、大して重要でもない、もしくは最悪無駄足になっても構わない、
そんな軽い気持ちなのであれば、君は今日ここには来なかったはずだ」
「……どうして、そう――」
「そうでもないと、それだけの怪我を押してまで、ここには来ないだろう?
米花町からの距離を考えても、急ぎでもなければ怪我が落ち着いてからで構わないはず。
おまけに、一人で来ているということは、車で送ったり負ぶったりしてくれる人がいなかったということ。
だが、病院に一人で行ったとは考えづらいから、事情を知る人間が一人はいるんだろう。しかし、今は君一人だ」
望月は再度コナンの足元へ視線を下げる。
「君が署内に入って来た時、足を引きずっていただろう?
本来そこまでの怪我をしていて、一人で出かけようとするなら、付き添いの大人が止めるはずだ。
おまけにこの状況下で付き添うこともしていない。ということは相手には抜かせない用事があった。
にもかかわらず、ここに来る日を改めるよう言わず、容認しているということは、
それを差し引いても、これも外せない要件なのかと思っただけだよ」
「あ……」
詰まることなく言われた推理に、コナンは呆気に取られて返す言葉をなくした。
否定の言葉も肯定の言葉も思い浮かばず、口元を動かすだけで言葉にならない。
眉を寄せたり、唸るコナンを見て、望月は可笑しそうに笑うと、真っ直ぐにコナンを見た。
「――コナンくん」
「あ、はい……」
望月の呼びかけに、コナンは我に返った様子で望月の方へ向き直る。
「だから、事情を訊かせてもらいたい。話せないことは話さなくても構わない。
いくつかこちらから質問を出す。それに答えてくれるかな?」
「それは良いけど……」
コナンは語尾を濁すと、様子を窺うように遠慮がちに望月を見つめた。
「でも、話せないことの方が多いと思うんだ。それでも……大丈夫?」
ことは本物の警察が絡んでいるのだ。
いくら、関係しているのが別の交番勤務の人間だとしても、おいそれと話すのは躊躇われる。
コナンの言葉に、望月は少し何かを考えるように黙るが、すぐに無言で頷いた。
「……そうだね。無責任に大丈夫とは言えないだろう。
ただ、少なくとも本当に必要であることと、正直に真実を話してくれていること、
それが自然と伝わってくる答えを他で返してくれていれば、悪いようにはしない。それは約束しよう」
真っ直ぐな目で言う望月の言葉には嘘がない。
子供相手だからとぞんざいに扱うこともせず、単純に一市民と真面目に向き合うその姿勢は署長たる所以だろうか。
少なくとも、体よくはぐらかされる可能性はないと踏んで、コナンは首を縦に振った。
「うん、分かった。問題ないところは、ちゃんと答えるよ」
「――よし。それじゃあ交渉開始と行こうか、コナンくん」
数年ぶりに続章作成。
……元々書く気無くしてたわけじゃないんだ。展開に悩んでたんです。ごめんなさい。
キャラが自由に動く、という現象を久し振りに体験した気がする。
お陰で予定より大幅に話がずれたので、割と長めの章に。
序盤は数年前からちまちまスマホで書いてて、やっぱり進行に詰まって長らく放置で、
どうしようかと唸ってるところに救世主化したのが紺青っていう。
その昔、天空で距離感分からなくなって、探怪の展開に悩んで進行止まったのが懐かしい。
一応最初から色々手直し入れてるとは言え、最近書き始めた箇所が、条件提示する快斗な辺りから。
故に、状況的に怪しいのはキッドだと遠回しにコナンが言うシーン。
否定する快斗をからかうコナンの流れは大分前から書いてたせいで、
紺青推理中の「いや、俺じゃねえよ!」への被りっぷりに盛大に笑ったという。(但し、同時に頭も抱えた)
当時、コナンが着くより先に、湊署の方へ快斗が根回ししておいて、
割とあっさり資料見せてくれたっていう展開のデータがPCに残ってる。故に署長云々は書いてて勝手に増えたキャラ。
署長ってことは頭切れるよなって思ってたらこうなった。
本来、情報仕入れるまで書くつもりが、導入長すぎて次章に回さざるを得なくなったのは内緒。