求めない結託 〜第八章:来訪〜


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「――いなくなった?」

 向こうの動向を探ろうと、コナンは止む無く快斗へ電話をかけた。比較的にすぐ捕まったは良いものの、
電話先の快斗に落ち着きがない。普段は腹が立つほどに気取った理路整然な態度も、その面影すら感じられなかった。
珍しいこともあるもんだ、と適当に対処しながら、その理由を探る。
その最中に持ち上がってきたのが『もぬけの殻の病室』の証言だ。

「おい。それ位で騒いでたってのか? もしかしたらトイレに――」

『んなもん、真っ先に見たっつーの!』

「なら散歩――」

『それも、ねえ』

 発言をことごとく否定され、コナンは不機嫌そうに携帯を睨んだ。

「だったら何なんだよ? 根拠あんのか? 『いなくなった』ってのに」

『犯人からの書置きがあるっつったら?』

「……書置き?」

 意外な返答にコナンは鸚鵡返しした。

『――そ、書置き。ミステリードラマとかでよくあるじゃん?
 「誰々は預かった。返して欲しくばウン百万円用意しろ」とかの』

「……おい。まさかホントに――」

『って、そんな古臭い文句、笑うだけだけどな。でも似たり寄ったりなものがあったのは事実』

 快斗の言葉に、コナンは走っていたスケボーから足を離して速度を落とした。
あれからしばらく歩いたが、病院まで到底持ちそうにない痛みに諦めて、
博士に連絡し、スケボーだけ持ってきてもらっていたのだ。

「…………マズイな」

『そりゃーねぇ。あれだけの複数人誘拐されちゃあ――』

「いや。そうじゃない。こっちの行動が犯人側に筒抜けだって言いてーんだよ」

『え……?』

「考えてもみろ。さっきのビリヤード場での件もそうだ。
 いくら待ち伏せしてたにしても、行動が早すぎる」

『でもあれは電話が――』

「バーロ。あれはオメーが盗聴器を仕掛けてたからすぐに動けただけ。
 中森警部の家に留守電を入れたとしても、実際家に行かねーと聞けねーじゃねーか。
 あの車はオメーが外に出た瞬間に突っ込んで来たんだぜ? 事前に待機してたにしたって、
 オメーが出てくるタイミングが分かってねーんなら、あそこまで瞬時に飛び出すのは無理だ。
 なのに相手はそれをやってのけた。普通に考えておかしいじゃねーか」

『そりゃーまあ……』

 スケボーが完全に止まると、コナンは近くの壁にもたれかかった。

「それと今の誘拐の一件。留守電に名指しで病院名が吹き込まれたってことは、
 多かれ少なかれ、病院にも見張りがいる可能性が高い。
 もし、オメーが今朝病院を出たのを向こうが知っているなら、
 その時点でオメーの行動が見張られてたと考えるのが筋だな。
 まあ、向こうはオメーが現場に行くと思ってたみてーだけど」

『…………だから?』

 それの意図することは何だと、答えを急かす。
自分達を除く関係者は、全員誘拐されているのだ。悠長にコナンの推理を聞いている暇は今はない。

「――突っ走るな」

『……はい?』

 今までと何の脈絡もない言葉に、快斗は思わず間の抜けた声を出す。
だが、その快斗の反応には答えないで、コナンは淡々と、しかし真剣そうな口調で続けた。

「少なくとも一人ではな」

『……えっと? ……あの、何言ってんの?』

「あるいはその誘拐がオメーを捕まえるか、もしくは殺すための布石ってことだよ」

『え!?』

(……まあ、キッドだけというよりは、俺も含めて、なんだろうけどな)

 最初に犯人側が、中森警部周辺に目をつけていたのであれば、最大の邪魔者は快斗のはず。
じきに快斗が来ると見越し、待ち伏せていた事件現場には見慣れない小学生。
後をつけた先で、快斗と行動しているところを犯人側が目撃したのであれば、コナンを邪魔者と数えてもおかしくない。
――ブルーパロットの一件でも明らかだ。ため息をつくと同時に肩をすくめると、コナンはもたれていた壁から体を離す。
その後で、再びスケボーに足を置いてスイッチを入れた。

「ともかく。今そっちに向かってっから、しばらく大人しく待ってろ。
 中森警部やその娘が心配なのは分かるけど、今突っ走っても余計――」

『一つ質問』

「あん?」

『俺、探偵君に指図される云われはねーよな?』

「………………まあ、な」

『へぇ、否定しねーの。なら話早えーな。――無理。悪いけど』

「だろうな」

  苦笑して呆れたような口調が返ってくる。その様子に快斗は意味ありげに笑った。

『譲って、来るの待つのは構わねえ。でも行くのは待てねーな』

「は?」

『故障部分は直してからじゃねーと、走れねーぜ。
 ――病院なんだ。寄ってて一応診てもらった方が良いんじゃねーの?』

「……何の話だよ?」

 明らかに不満そうな声が電話口から聞こえだす。

『よく言うぜ。今の時点で歩くのすら手一杯なくせして』

「……」

『少なくともお前が来るまでは大人しくしといてやるよ。
 お前を整形外科に放り込んで、その診察終わってから看護師に後頼むまではな』

「な――!」

『だって、オメー。そうでもしねーと動きまくんだろ。一応こっちも……』

「証拠もねーくせに、ただの憶測で勝手に話進めんじゃねーよ!
 ――ともかく、後十分位で着くから、しばらく待ってろ!」

 そう言うや否や、コナンは携帯の通話ボタンを押した。大体予想通りの反応に、快斗は携帯を呆れ見る。

(……探偵のくせに分かりやすい奴)

 ため息交じりに、通話の切れた携帯をしまうと、快斗は自分の足元に視線を落とした。

「証拠、ねぇ……」

 あの探偵のことだ。状況証拠だけでは納得しないだろう。物的証拠がないわけではないが、
それを提示するには、いくらか被害を被るのをコナンに辛抱してもらわなくてはならない。

(怪我してる右足、思いっきり蹴りゃ一番分かりやすいんだけどな。……さすがにそれは理不尽だろ)

 仮にも怪我の原因を作ったのは自分である。ブルーパロットを出た直後に轢かれそうになった例の一件。
後を追ってきたコナンが、とっさに自分を助けた際にひねったに違いない。
車から逃げるため、走っていた際コナンが何度か顔を歪めていたのは気付いていた。
だからこそ、コナンが自分へ病院に行けと命じた時に一度は行くことを躊躇したのだ。
コナンにしてみれば、足は武器の一つである。そこを怪我した状態で、犯人とやりあい、たとえ勝てたとしても、
怪我の程度は増すはずだ。――無理しないまでも、今の時点で走るのは厳しいだろう。歩くことすら怪しいものだ。

(ったく。一応こっちは足気遣って言ってやってんのに)

 今のコナンの状態を考えれば、休みなしで動くのは酷である。本人は大丈夫でも足の方がもつはずがない。
コナンの手を借りるのは、人質の居場所ないし犯人の居場所が、確実に分かってからでも遅くはないだろう。
――それまではゆっくり足を休ませれば良い。

(ただ問題は、どうやってあれを診察室にぶち込むか、ってのなんだよな)

 今の電話の状態では、到底自ら行きそうにもない上、
快斗が頼んでも頑なに拒むだろう。『大丈夫』だと言い張るに違いない。

(頑固なのか癪なのか知らねーけど、あの辺もうちょっと融通利かねーのかね?)

 やれやれとため息をついて、快斗は病院の玄関口から院内へと戻った。
そのまままっすぐ、中森たちが入院していた階層のナースステーションを覗く。
病院の外でコナンの電話を受ける前、中森たちがいないことを看護師に告げて行った。
そのせいか、ナースステーションには二人の看護師がいるだけで、実に閑散としている。

「――あ、黒羽さん」

「はい?」

 非常に低い可能性だが、万一、この院内で中森達が見つかっていないか声をかけようとしたが、
それより早く、中にいた看護師が快斗を見つけて声をかける。

「先程ここにあなたを訪ねて来た方がいらっしゃいましたよ」

「……俺を、ですか?」

「ええ」

 看護師の言葉に、快斗は眉を寄せた。
今、快斗がここにいることを知っているのは、姿を消したメンバーを除けばコナンだけである。
しかし、ついさっき携帯で話したばかりのコナンが――しかも自分との会話中に、
病院のナースステーションを訪れるわけがない。残る可能性は、快斗を装って中森達を病院から連れ出し、
あまつさえ、快斗に脅迫状まがいの手紙を残していったという犯人だろう。

「まさかそれって……警――あ、いえ……中森さんを訪ねて来たっていう方ですか?」

「いいえ」

 看護師は頭を左右に振ると、片手を右頬に当てて困惑げに首を傾げた。

「こんなこと言っちゃ失礼ですけど、それが少し変わった方だったんですよ」

「……変わった? どんな人だったんです?」

 看護師はゆっくり息を吐き出すと、背後に目をやりナースステーションを振り返った。

「最初にここを通られた時、他の看護師が声をかけたんですけど、気付かれなかったようで、
 そのまままっすぐに中森さんの病室に向かわれたみたいなんです。
 でもその内に小走りでここへ来られて『黒羽という男は何処だ』と」

「え……?」

「『そのような患者さんはいませんよ』とお答えしたら『患者じゃない、見舞い客だ』と」

「……それで、話されたんですか?」

「ええ。――あ、ちょっとお待ち下さい」

 そう言うと、看護師はナースステーション内の休憩室へと入って行く。
快斗はそれを目で追いながら、壁にもたれかかった。

(……っつーことは、やっぱり犯人は最低三人ってことだな)

 時間的に考えて、ブルーパロット前で自分達を轢き殺そうとした犯人が病院にいられるはずはない。
加えて、青子たちが誘拐された時間帯と、自分達がブルーパロットにいた時間帯が同じなのであれば、
誘拐犯と今回の轢き逃げ犯は別人だ。おまけに、最初に病院に来た人物と異なる人物が快斗を訪ねて来たということは、
少なくとも三人の人間がこの事件に関与しているということだろう。

(大層なこって……)

 最たる標的は中森一人だけのはずだ。そのために少なくとも三人の手を煩わせるのは無駄な労力だと、
快斗はむしろ呆れてため息をつく。そうこうしている内に、看護師が一枚の封筒を手に戻ってきた。

「すみません、お待たせしました! ――これを」

 そう言うと、看護師は手にした封筒を快斗へ手渡した。

「今お話した方に『丁度病院を出て行かれたところです』とお伝えしましたら、
 『言伝の代わりにこれを渡してくれ』とお預かりしたものです」

「……それで、その人は今何処に?」

 受け取った手紙を一瞥してから、快斗は看護師に視線を戻した。
快斗の質問に看護師は困ったように首を傾げる。

「それが……。この封書をテーブルの上に置こうと目を離したのが最後なんです。
 次に顔を上げた時には、もういらっしゃらなくて……。
 患者さんでなく見舞いの方を訪ねてこられた上、
 置手紙だけ預けられた、という行動が珍しくて印象に残ったんです」

「じゃあさっき言った『変わった人』と言うのは――」

「ええ。あの行動がどうも奇妙に思えてならなくて……」

 難しそうに顔をしかめて言いながら、看護師はハッと顔を上げると、慌てて口元に手を当てた。

「す、すみません!」

「え?」

「お知り合いの方を『変わった方』だなんて失礼なことを……申し訳ありません!」

「え! あ、いえ……。ちょ、ちょっと待って下さい。
 どうして、俺を訪ねて来た人と知り合いだと……?」

「……え? 違うんですか?」

 頭を下げた看護師に快斗は慌てて言ったが、逆にその言葉に看護師は不思議そうな様子で、快斗を見た。

「ええ……こっちも直接は会ったことないはずです」

 キョトンとして快斗を見ていた看護師は、じきに眉を寄せて何やら考え込んだ。その様子に、快斗は快斗で目を瞬く。

「……あの、何か?」

 訊ねる快斗に看護師は、戸惑いがちに顔を上げた。

「黒羽さんがいないとお伝えした後で、その方はこう言ったんです。
 『だったらその連れのメガネをかけた少年は来ていないか』と」

「メガネをかけた……少年?」

「ええ、確かにそうおっしゃいました。
 黒羽さんがその少年と一緒にいるところは見てませんけど、
 それを知ってるのなら知り合いだろう、と思ってましたが――」

 自分の言った言葉で、快斗が黙り込んだために、看護師は不安そうに快斗の顔を覗き込んだ。

「……違いました? もしかして人違いだったんでしょうか……?
 あの……教えてはマズかったんでしょうか……?」

「え? ああ、いえ。その人が捜してたのは確実に俺ですから、大丈夫ですよ」

 看護師の態度に快斗は慌てて答えて、ニッコリと笑う。その様子に看護師は安堵したように胸をなでおろした。
――メガネをかけた少年とは、明らかにコナンのことだろう。快斗がその少年を連れていると相手が表現したなら、
相手が捜していた相手は快斗自身で間違いない。だが――。

「ところで、その少年については何と?」

「見かけなかったものですから……『存じ上げません』とお答えしましたわ」

「その時相手は何か言いました?」

「ええ。『この病院には来ていないのか。あの男とは一緒にいなかったのか』と」

「……それで?」

「先程も申しましたように、黒羽さんと一緒にいたという少年に心当たりがありませんし、
 他の看護師に確かめても、病院内では見かけなかったと言うものですから、
 『この病院には訪ねてきてないようです』とお答えしました」

「なるほど」

 真っ先に快斗の居場所を訊いていることを思えば、今犯人側が最も連絡を取りたいと思っているのは快斗の方だろう。
しかし、そこでコナンのことが出てきたのはいささか疑問に思うところだ。

「他には何か気になることとかありましたか?」

 快斗はそう言ってから、無意識に顔をしかめた。――これではまるで警察や探偵のやる聞き込みである。

「……気になること、とは違いますけど、強いてあげるならその少年のことでしょうか」

「え? どういうことですか?」

「先程黒羽さんにお渡しした封書は、黒羽さんが不在と伝えた後、
 その少年も不在だと分かってから、私に渡されたんです。
 もし、その少年がいた場合、封書をその子に渡したかったようだったものですから」

「それがどうして?」

 しかめ面のまま訊く快斗に、看護師は穏やかな様子で小さく笑った。

「中身がそれほど重要でなかったのかもしれませんが、
 なくす恐れのある子供に封書なんて託すものだろうかと思っただけですよ。
 急ぎの用でないのなら、わざわざ病院まで訪ねて来ないでしょう?
 患者さんならまだしも、見舞われてる方なら、いつでも会えるんですから。あ、でも――」

 看護師は言葉を切ると、照れくさそうに笑った。

「ただ思っただけなので、あまりアテにしないで下さい。
 たまたま今日しか空いてなかったのかもしれませんし、
 その子供と知り合いで、信用してるのかもしれないので」

「……ええ。――分かりました、ありがとうございます」

 快斗は看護師へ礼を言うと、そのまま病院の玄関へと向かい始める。

(……やっぱりおかしいぞ、そいつ。――それにもしかしたら……)

 病院の玄関を出ると、快斗は携帯を取り出し、最新の着信履歴を確かめて通話ボタンを押した。

「――話があるなら直接言いな」

「へ……?」

 聞こえた声に驚いて、快斗は顔を上げて前を見る。そこには、自分の携帯を片手に持ったコナンが立っていた。

「……名探偵」

 意外な光景に、不思議そうな目をコナンに向けてから、快斗は電話を切った。
それと同時に、コナンが持っていた携帯のランプが消える。
それを確かめると、コナンは携帯をズボンの後ろポケットにしまった。

「それで? 何か用でもあったのかよ? 電話するほどなら、急ぎなんじゃねーのか?」

「あ、いや……それはもう良いや」

「はあ?」

「『気をつけろ』って忠告したかっただけだから」

 快斗の言葉に、コナンは無言でしばらく快斗を見ていたが、その内に肩をすくめてため息をもらす。

「心配すんな。狙われてんのは分かってるよ」

「え?」

「でも、オメーの口からそんな言葉が出るってことは、何か情報があったってことか。
 なら動くのはその情報を聞いてからだな。――なら、昨日の公園ででも話すとするか」

「ああ、別に良いけど……」

 了承しかけて、快斗は言葉を切った。確かその公園は、病院から十分ほど歩く必要がある。

「ちょっと待った」

「ああ? おい、急ぐんだろ?」

「いや、急ぐけど。それ以前に確認しねーと」

「何の――」

「悪い。先に謝っとくわ」

 そう言うや否や、快斗はコナンの元まで歩くと、コナンの右足を思い切り蹴り飛ばした。



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